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第1章③
カトウは肩をすくめ、竜田揚げの皿に再び目を戻した。その時、
「少尉から、見合い話をもちかけられたのか?」
それまで黙って新聞を読んでいたアイダが、初めて口を開いた。
カトウはまじまじとアイダを見つめた。
「失礼ですが。ひょっとして准尉の方に、先に話が…」
「いいや、来ていない」アイダは言下に否定した。
「ササキのところにもな。ニイガタ少尉がその話をふる相手は、多分お前さんだけだよ」
「………」
ますます訳が分からない。
カトウの察しの悪さを見かねたのだろう。アイダは新聞から顔を上げた。二重まぶたの整った顔には、見慣れた皮肉っぽい笑みが浮かんでいた。
「お前がU機関に復帰してくらいからか。ニイガタ少尉とササキのやつが、酒の席であれこれ言い出したのは」
「言い出したって、何を?」
「クリアウォーター少佐とお前が付き合っていることに、だよ」
それを聞いたカトウは、あやうく箸を取り落とすところだった。
幸い今、食堂にいるのはカトウとアイダだけだ。だが、厨房にはまだ杉原老人がいて、昼食の後片付けをしている。聞かれたい話ではない。しかし、カトウはそこで思い出す。杉原はほとんど英語が通じない。理解できるのは、簡単な朝晩のあいさつくらいだ。
それでひとまず緊張を解いたが、食欲の方はすっかり失せてしまった。
箸を置くカトウを一瞥し、アイダは涼しい顔で続けた。
「少尉とササキが何を言っていたか、詳しく聞きたいか? それとも簡略版にしとくか」
「簡単な方でけっこうです」
「了解。まあ、まとめるとこうだ。二人とも、クリアウォーター少佐がお前さんに手を出したのが気に入らない――というか、お前さんのことを心配している」
「…………は?」
状況がまったく飲み込めないカトウに、アイダは実に要領よく説明してくれた。
――ニイガタとササキにとって、クリアウォーターが同性愛者であることは、まあ受け入れられることだった。ところが、ことカトウについては二人とも半信半疑――というより、「一信九疑」だった。それまでのことを踏まえた上で、カトウがクリアウォーターと同じ性的嗜好の持ち主とは、どうにも思えなかったのだ。その結果――。
「あいつ、流されて関係を持ったんじゃないか?」と二人とも疑うようになったらしい。
そして、こう考えた。カトウがどこかのしっかりした女性と結婚して所帯を持てば、クリアウォーターとの関係は自然消滅するんじゃないか。いや、きっとそうなる。カトウの将来のためにも、そうしてやるべきだ―――。
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