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第1章⑥
夏の日は長い。クリアウォーターとアイダ、それにカトウが事件の発生した西多摩郡の山村に到着した時、太陽は傾きつつも、まだ山の稜線にかからぬ位置にあった。
村内で一番大きな農家の前に、アイダがジープを停車させる。エンジンを切るより先に、連絡を受けて待機していた制服警官が家の中から飛び出してきた。聞けば、この村でただ一人いる駐在所の警官であった。
ジープから降りた一行は、駐在所の警官に先導され現場となった神社へと向かった。途中、通りかかった家々の戸口や窓に、住人らしい日本人たちの顔がちらちらのぞく。その多くに、若干の好奇心とそれを上回る警戒心が現れている。とはいえ、大人と比べると子どもたちは遠慮がない。最後尾を歩くカトウが何気なく振り返ると、さっそく家の中から駆け出してきた年齢も身長もバラバラな四、五人の少年たちが、停車したジープの周りを取り囲んでいた。
現場となった神社は、三十軒ほどで形成された集落から少し離れた小山の上にあった。
山頂へ続く石階段の横に社名が刻まれた古い石柱がひっそり立っている。すでに百年以上はそこにあるようで、苔に覆われた表面に刻まれた文字はかろうじて読めるかどうかといったところだ。
石段をのぼりながら、カトウは周囲の景色を眺めた。神社へ続く参道は木々に囲まれて、昼間でも薄暗い。当然、街灯などもなく、夜ともなれば指先も見えぬ暗闇に覆われるだろう。
集落までの距離を考えれば、ここから大声で助けを求めたとしても、よほど運がよくない限り、その声が誰かの耳に届くことはなかったと思われた。
「こちらです」
警官の後について石段を上ること数分。
朱丹のあちこちはげた鳥居をくぐった先に、境内が広がっていた。
そう大きな神社ではなかった。正面には檜皮葺屋根を持つ社殿。その右手にある蔵は、祭で使用される神輿を仕舞っておく場所で、左手は社務所だと警官が教えてくれた。
カトウはその言葉を律儀に英語に翻訳して、クリアウォーターに伝える。もちろんカトウが話すまでもなく、クリアウォーターの語学力なら警官の言葉を百パーセント理解できている。しかし例によって、この赤毛の少佐は日本人の前では――特に身内以外の初対面の相手の前では――日本語ができることを気取られないよう、振る舞っていた。
神社は神聖な場所だ。日本で幼少期を過ごしたカトウはそう教えられてきた。だが、傾いた太陽で暗いオレンジ色に染まった境内と、その蔭で黒く沈む鎮守の森は、どちらかというと薄気味悪いと言った方がしっくりきた。
おりしも、社殿の屋根に止まっていたカラスが侵入者たちを認め、つんざくような鳴き声を上げた。鳥は人間たちを睥睨するように一回りすると、羽をばたつかせて森の奥へ飛び去って行った。カトウは目を細めた。殺人の現場と聞かされたせいで、先入観が働いているのかもしれない。ただ、あまり長く留まりたい場所でないのは確かだった。
「――出張の同行者に、君たち二人を選んだのにはそれなりの理由がある。そのことを先に断っておくよ」
ここに来るまでの車中で、クリアウォーターはアイダとカトウに言った。
「新聞には書かれていなかったが。警視庁の人間の話では、小脇順右の殺され方はちょっと普通じゃなかったそうだ」
「普通じゃない、ね。そもそも模範的な死体なんてもんがありますかね?」
聞いたアイダが、さっそく皮肉まじりにまぜかえした。
「具体的には?」
続きをうながされたクリアウォーターは、ちらりとカトウに目をやる。カトウはかすかにうなずく。アイダも自分も大戦中、戦場の最前線を経験した身だ。今さら死体の状態どうこうで動じたりはしない。そう思っていたが――。
「殺害された小脇の遺体は、四つのパーツに分かれていたそうだ」
クリアウォーターは低い声で告げた。
「左足首、右腕、左腕、それから残りの部位。現場の床と壁には、おびただしい量の血の跡があった。検死を担当した医者の報告書はまだ上がってきていないが。状況から考えて、小脇はまだ生きている状態の時に手足を切断された可能性が高いという話だ」
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