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第1章⑧

「――まあ、犯人はそう遠くない内に特定できるでしょう」  吉沢は自分に近づいてきたハエを、扇子を振って追い払った。 「ここは狭い集落です。誰もが顔見知りで、ちょっと夜に夫婦喧嘩でもしようものなら、次の日の朝には村人全員に知れわたっている。そんな土地です」  その口ぶりから、吉沢はどうやら犯人は集落内にいるものと決めつけているようだった。 「なるほど」  クリアウォーターは相づちを打つ。だが、声に含まれた微細な変化にカトウは気づく。刑事の見解に必ずしも賛同しているわけではなさそうだ。  案の定――。 「それではこの奇妙なメッセージも、村の誰かが残したものかな」  クリアウォーターは床から顔を上げ、緑の瞳を壁の一点に向けた。  此身死了死了  それは縦向きに一行で記されていた。すべて漢字で、一文字が二十センチ四方ほどもある。文字の幅やタッチから考えて、指や筆ではなくもっと硬く太いもの――たとえば平たい木の棒などを使って書かれたのではないかと思われた。  クリアウォーターがそのことを吉沢に尋ねると、刑事はこともなげに答えた。 「ええ。もう運び出しましたが、床に神官が儀礼の時に用いる笏が落ちていました。先っぽに血がこびりついていたので、それを使ったとみて間違いないでしょう。そしてですね……その笏に、犯人はこれ以上ない証拠を残していきましたよ」  パタパタと首のあたりを扇子であおぎ、吉沢は得意げに笑った。 「指紋ですよ。握り手のところから出ました。犯罪捜査に関しちゃ、この殺人者はどうも素人だったようですな。すでに今日一日かけて、村の男の指紋をあらかた採取し終えて、これから照合にかけるところです。早ければ明日にでも、誰が気の毒な神主を殺したか特定できるはずですよ」  クリアウォーターたちは、吉沢と神社の石段のふもとで別れた。ジープを停めた農家の前まで戻ってくる頃には、さすがに陽が落ちて暗くなりはじめていた。  カトウが農家でトイレを借りる間、アイダとクリアウォーターは並んでタバコを喫った。 「どうも、犯人は十中八九、村内の人間のようですね」  アイダの言葉に、クリアウォーターはうなずいた。 「だとしたら、私たちの出る幕ではなくなるね」 「どうします? このまま荻窪に戻って、吉沢刑事から報告が入るのを待ちますか」 「うーん。そうだね……」  クリアウォーターは一瞬、思案顔になる。しかし、すぐに「いや」とつぶやいた。 「やっぱり、当初の予定通りにいこう。悪いが、あと少しつきあってくれ」 「アイアイサー」  アイダは飄々と答えると、吸い殻を捨てて運転席に乗り込んだ。

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