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第1章⑬
発射された弾丸は、飛び出してきた影に吸い込まれるように命中した。にもかかわらず――相手の勢いは、ほとんど減殺されなかった。
アイダはトミー・ガンを手にしたまま、大きくのけぞった。
一瞬前までいた空間を鈍色の鉄刃が走り抜ける。必殺の一撃をアイダはからくも避けたが、背筋が凍った。相手の武器の正体に気づき、しかも自分がまだその攻撃の届く範囲に入っていることを悟ったからだ。アイダは反撃しなかった。身体中の筋肉を最大限に駆動させ、とにかく回避につとめる。その甲斐あって、第二撃も軍服の繊維を数本犠牲にしただけで済んだ。そして――。
次の攻撃が来るより先に、味方のガーランド銃が火を吹いた。
兵士の弾がアイダに襲いかかる相手の頭蓋を、大尉の弾が胴体を撃ち抜いた。
血と脳漿が熱帯雨林の土に、抽象画のように飛び散る。襲撃者はダンスのステップを踏むように身体を一回転させ、それから自分のまき散らした血の上に倒れこんだ。倒れたあともしばらく身体は痙攣を続けていた。だが、ほどなく静かになった。
アイダは呼吸を整えると、ゆっくり死者に近づいた。
そして死んでも放さなかった武器を踏みつけ、その手から引きはがした。
それは日本刀だった。拵えや刃の煌めきは、最近作られた粗悪乱造の品とは明らかに一線を画す出来栄えである。きっと何らかのいわれのある品に違いない。
アイダは憮然となった。かつて刀を所持した人物は思いもよらなかっただろう。自分の愛刀を伝えられた子孫が、日本から何千キロも離れた南の島でアメリカ兵に撃ち殺されることになるとは――。
「…『ジャップ 』の兵士か?」
アイダのそばに立った兵士がつぶやく。大尉ににらまれ、彼ははっと口を閉ざした。アイダの前でその罵り言葉を使うことは控えること――それが部隊のルールだった。
当のアイダは肩をすくめただけだった。地面に横たわる男の髪とひげは、何ヶ月も手入れされた様子はなく、軍服は熱帯の雨風に晒されて襤褸と変わらなくなっている。
アイダに襲いかかってきた時、男の目は明らかに正気をなくしていた。
「…こいつはもう、『ジャップ』の兵士じゃなかったよ」
アイダはそう言って刀を地面に置くと、男の前で手を合わせた。柄にもない行為に自分でも驚く。けれどもこの時ばかりは、そうせずにいられない気分だった。
「戦いに耐え切れなくなって心を壊した、ただの哀れな人間だ」
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