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第1章⑭

「――その男は心を壊していたが、身のこなしは修練を積んだ人間のそれでした。仲間が撃ってくれなければ、俺は危なかったと思います」  アイダはそう言って、回想をしめくくった。 「……で。問題は、そいつに殺された仲間の死体の状態です。よく覚えていますよ。切り落とされた腕の切断面が異常なほどきれいで、今日見た小脇の遺体にそっくりだった。もし凶器に使われたのが同じように日本刀なら、小脇の胸の傷も説明がつく。犯人は被害者の手足を切り落とし、その勢いのまま凶器を持ちかえることなく――倒れたところを背中からとどめを刺した」  アイダが口を閉ざすと、その場に沈黙が下りた。    ややあって、クリアウォーターは口を開いた。 「今、説明してくれたことを明日一番に吉沢刑事に伝えておこう。現場に残された指紋が村内の人間と一致するにこしたことはないが。一致しなかった場合、犯人は外部からやって来たと想定せざるを得なくなる。その時、剣術の心得があるということは、加害者を特定する上で大事な情報になりうる」 「ええ。何はともあれ、この犯人とはあまり一対一で向かい合いたくないですね」 「君でもかい?」  アイダの近接戦闘の技術は群を抜いている。その部下をしても苦手な相手はいるらしい。 「ナイフと刀じゃ、間合いの上で後者が圧倒的に有利ですから。とはいえ、対処法はいくらでもありますよ」  接敵戦闘の経験豊富な准尉は皮肉っぽい笑みを、カトウの方へと向けた。 「一番いいのは、さっさと逃げ出して距離を取ること。三十メートルも離れれば――」  指でピストルの形をつくり、アイダは撃つジェスチャーをした。 「負ける道理はない。だろう、カトウ軍曹」  それからさらに半時間ほど三人は話し込んだ。しかし凶器や犯人像以外に、特に現時点で有益な見解は出てこなかった。  ほどなく、アイダはあくびをして立ち上がった。 「じゃあ、俺はそろそろ休ませていただきますね」 「おつかれさま」  クリアウォーターのねぎらいに、アイダは一礼する。そのまま右足を軽くひきずって、自分の部屋に戻って行った。  あとにはクリアウォーターとカトウが残された。  そうなるようにしてくれたのだと、カトウはすぐに気づいた。    他人の色恋には極力干渉しない。どうぞご自由に、というわけだ。    アイダの態度は彼の性分に由来するものだろうが――相手のプライバシーに踏み込まない無関心さは、ありがたいことだった。 「つかれたかい?」  クリアウォーターがやわらかい声でカトウに聞く。仕事の時間はおしまい。 「俺は大丈夫です。少佐は?」 「正直、ちょっとつかれている」  クリアウォーターはそう言って足を伸ばした。畳に横になるのかと思いきやカトウの方に頭を傾ける。そのまま、正座したカトウのひざの上にポンと着地した。  カトウを見上げ、クリアウォーターはいたずらっぽく笑った。 「――ここ二週間、プライベートの方で気が中々、気が休まらなかったからね」

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