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第1章⑮

「そういえば、お姉さんから連絡は?」 「あったよ。昨晩おそく、無事に京都の下宿先に到着したそうだ。これで、ひと安心だ」  クリアウォーターは、「やれやれ」と肩の荷を下ろした表情を浮かべた。  三歳年長の姉スザンナとの間に姉弟の愛情は確かにある。しかし世の中には、少し距離を置いた方がうまくいく関係は多い。姉にはしばらく京都に滞在して、そこで「バカンス」を楽しんでもらいたい。それが偽らざる気持ちだった。  クリアウォーターは、眠気をおぼえて目を閉じた。するとカトウが手を伸ばし、ごく自然な動作で肩をもんでくれた。  身体がほぐれる気持ちよさに、赤毛の少佐の口からため息がこぼれた。  恋人のくつろいだ様子に、カトウも顔がゆるむ。ふとした瞬間に感じるささやかな幸福。クリアウォーターと過ごすことで得られるものは、何ものにも代えがたい。そのことを、改めて感じた。 ――この幸せを失いたくない。  誰に何と言われようとも、どんなふうに思われようとも。  カトウはここにきて、ようやく決心した。  ニイガタとササキには、機会を設けてきちんと話をしよう。二人には理解しがたい形かもしれない。でも、そこに確かに存在する愛情や幸福感、満ち足りた想いは本物だ。それを、自分から手放す気はないと――。  その時、クリアウォーターがまぶたを開けて、カトウを見上げた。 「なにか、悩みごとかい?」 「…見抜かれましたか」  カトウはつとめて軽い口調で応じた。 「たいしたことじゃないです」 「本当に?」 「はい。大ごとになりそうだったら、ちゃんとあなたに相談します。それまでは秘密で」 「…分かったよ」  クリアウォーターはそれ以上、詮索しなかった。  聞きたいのはやまやまだが、それを抑えて、恋人の気持ちを尊重する方を選んだ。  しばらくカトウに肩をもんでもらった後、クリアウォーターは身体を半回転させた。 「そろそろ交代しようか。君の手ばかり仕事をさせるのは、申し訳ないから」  言いながら、早くもカトウの方に手を伸ばす――まず()ることはないであろう部位に。  温かい手で敏感なところを撫で上げられたカトウは、思わず身をよじった。 「もう……」  形ばかりの文句に、クリアウォーターは唇をつりあげる。大きな口に獰猛な笑みを浮かべる。そのまま何も言わず、両腕でカトウを抱き寄せた。  浴衣のすそを割って太ももが押しつけられる。熱を帯びた肌の感触に、カトウもあっという間に燃え上がった。キスを交わす内に帯がほどけ、着物が乱れるが、二人はかまわずに畳の上に転がった。  カトウの手は普段より、よく仕事をした。手に加えて口も。黒髪の恋人の愛撫をクリアウォーターはじっくり味わった。そしてそれ以上の愛情表現を、カトウの身体に施した。  ……やがてクリアウォーターのものがカトウを貫いて、二つの身体がひとつになった。  うるんだ黒い瞳に恍惚を浮かべるカトウが、たまらなく愛おしい。クリアウォーターは深い口づけをして、それから腰を動かした。吐息まじりの甘い声がカトウの口から上がり、形のいい眉が悩ましげな形をつくる。色白の肌が薄紅色に変わり、そこからさらに赤味をましていくのに比例して、声が一層激しくなっていく。上になって見おろすクリアウォーターはその変化を何一つ見逃すまいとした。  カトウの身体の奥、一番感じる部分を一気に攻める。カトウは細い身体を弓なりに反らし、そのまま絶頂に達した。白濁した体液がクリアウォーターの腹にかかる。その直後、うめき声をあげて、クリアウォーターも欲望を一気に吐き出した。  ……覆いかぶさってきた恋人のたくましい身体に、カトウは腕を回した。  意識の片隅に布団を敷いた方がいいという考えがちらりと浮かぶ。それでも、もうしばらくは余韻に浸っていてもいいだろう。  その時、カトウは夜気を震わすかすかな音を聞いた。  どこからか飛んできた、航空機のエンジンの音。  きっと厚木か調布あたりの飛行場を目指しているのだろう。  その音が遠ざかって聞こえなくなるより先に、カトウは浅い眠りの波にゆっくり沈んでいった。

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