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第2章⑤

 金本はどうすべきか迷った。傍観者を貫くべきか、それとも止めに入るべきか。  その時、最初に駆けつけた搭乗員の一団から数人が飛び出し、男の行く手をさえぎった。 「大尉どの! 怒りはもっともですが、まずは怪我の方を――」  落下傘の縛帯(ばくたい)に「今村少尉」の名札をつけた青年が立ちふさがる。怒りに燃える男は、彼に向かってほとんど無造作に腕を振るった。これ以上ないくらい見事な軌跡を描いて、握りこぶしが青年の下アゴにヒットした。 「……今村!?」  後ろ向きに倒れる青年を、他の搭乗員が慌てて支える。そのすきに加害者の方は早くも、青ざめて逃げ出す整備兵を追い始めている。  一連の行動を目にし、金本の心は決まった。走り出すと、整備兵と「飛燕」の操縦者である男の間に割って入った。   男は金本の姿を認めても何も言わなかった。口に出しては。そのかわり、邪魔だと言わんばかりに拳を突き出してきた。  男の行動を予測していた金本は、その腕をがしっとつかんだ。相手の顔に一瞬、驚きが走る。それはすぐに、燃え上がる憎悪に取ってかわった。  充分身構えていたにもかかわらず、男が取った行動に金本は意表を突かれた。半長靴に包まれた右足を翻すや、金本のむこうずねを思いきり蹴りつけたのである。走った痛みに金本は顔をしかめる。それでも何とか耐えて、その場に踏みとどまった。  そして男が次の攻撃を仕かけるより先に、相手の両目を見据えて言った。 「頭から血が出ています。それに目の血管が切れて、ひどく充血している。早急に、医者に診てもらった方がいい」  血走った目で、男は金本をにらんだ。視線で人を殺せるとすれば、金本は即死だったろう。それほど威圧感と殺意に満ちていた。  にらみ合うこと数秒。  男は金本の背後を見やり、整備兵がすでに雲隠れに成功したと知って、音高く舌打ちした。 「……離せ」  金本は言われた通りにした。ただし、また殴りかかって来る可能性があるので油断はしない。腕の自由を回復した男は、改めて金本をジロリと眺めた。頭の先からつま先まで。 「――その(つら)、覚えたからな」  よく響く声で吐き捨てると、くるりと背を向けた。男が倒れるんじゃないかと、金本は心配になり、その場にしばらく突っ立っていた。しかし少なくとも表面上、しっかりした足取りで男は遠ざかって行った。その周りを先刻の搭乗員の一団が囲むのを見届け、金本はやっと緊張を解いた。  それから、早くも自分の行動を後悔しはじめた。  殴り倒された青年が男に呼びかけた時に気づいていたが――男と向き合った時、航空服の上に装着した落下傘の縛帯に、墨痕鮮やかに書いてあるのが見えた。 「黒木大尉」  自分よりはるかに階級が上の相手に、金本はケンカを売ってしまった。    これから先が思いやられる事態だった。

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