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第2章⑧
翌日、金本は下宿先から飛行場へ向かった。驚いたことに、隊員たちや金本が集合してほどなく、黒木がはなどり隊のピスト(搭乗員の控所)に姿を現した。やって来るとしても午後からと決め込んでいた隊員たちは、突然現れた隊長に慌てて敬礼する。時間つぶしのつもりで将棋のこまを並べていた者は、急いでそれを背後に押しやった。
今日の黒木は士官の軍服を着て、胸にはきちんと航空胸章と空中勤務者胸章をつけていた。短く刈った黒髪の下、左額のあたりにガーゼがとめられ、その怪我のせいで軍帽はかぶらず、脇に抱えられている。先刻、金本が隊員から聞いた話では、昨日の着陸時に操縦席内の計器で頭を切って、八針ほど縫ったという。しかし、それ以外は思っていたより元気そうだ。目の充血もすでに引いていた。
整列した隊員たちを眺め、黒木は口を開いた。
「…まず、伝達事項だ」
その声はよく響き、口調も堂に入ったものだった。金本は意外に感じた。昨日、着陸直後に見せた激発ぶりを思い出すと、今の黒木は別人のようだ。昨日の印象では金本よりいくらか若いと感じたが、今は同年か年長者のように見える。
「俺は今日と明日、今村は今日一日飛ばないように軍医からきつく言われた。だから今日の午後の編隊訓練は工藤、お前が指揮を取れ」
隊員たちの中でもひときわ体格のいい男が、黒木に向かって「了解であります」と応じた。黒木は訓練内容を口頭で説明し、さらに今村少尉――昨日、逆上した隊長を止めようとして殴り飛ばされた青年は、はなどり隊の副隊長だった――が午後からやって来て黒木と共に地上から訓練の様子を見ることなどを伝えた。
ひと通り説明が終わったところで、黒木は彼から一番離れた所に立つ男に目を向けた。
「――それから、昨日付けで我が『はなどり隊』に新たに配属された金本勇曹長だ。金本は貴様らと違い、前線勤務の経験が豊富だ」
一番控えめな表現で、黒木は金本をそう評した。
「その経験から学ぶことも多いだろう。曹長を我が隊に歓迎する――各自、今日も一層の修練に励め。では解散!」
思っていたより、あっさり済んだ――金本のそんな甘い認識は、まもなく打ち砕かれた。
「金本、ちょっと俺と来い」
解散となった直後、黒木が金本を呼んだ。もちろん拒絶する権利などあろうはずがない。金本は覚悟を決めて、歩き出す黒木のうしろについて行った。
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