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第2章⑩
ミッドウェー海戦以来、日本の陸海軍は連合軍相手に劣勢に立たされながら、かろうじて戦闘を継続してきた。しかし、ここにきて物的・人的損傷は覆うべくもない。とりわけ航空機搭乗員はその育成に時間も費用もかかる。熟練者と中堅者の相次ぐ戦死と、それが容易に補填できない情勢から、全体的な質的低下が大きな問題としてのしかかっていた。
「俺は去年の暮れまでウェワクにいた。ニューギニアの北東だ」
ちょうど去年の今頃、アメリカ軍の猛攻を受け、日本の飛行師団が大損害を被った場所の名を、黒木は淡々と口にした。
「運よく生き残ってその後、内地に転属になったが。合計飛行時間はせいぜいお前の半分くらいだ。それで隊長がつとまるのだから、今の日本の航空隊の水準がどんなものか、推して計るべきだろう?」
黒木はそう言って冷めた笑みを金本に向けた。思わぬ言葉に、金本は何と返していいか分からなかった。
多くの日本人は、いまだにこの戦争における最終的な勝利を信じている。民間人だけでなく、軍人もだ。それに異を唱える者は、「非国民」として徹底的に排除されるーーそれが今の日本だ。
しかし黒木は、盲目的に日本の勝利を信じているわけではないらしい。少なくとも、航空機操縦者の質が以前より落ちていることはきちんと受け止めている。金本はそう感じた。
黒木は笑みを消し、金本をじっと眺めた。
大きな黒い目が無機質な光をたたえている。見つめられる内に、金本は逃げ出したくなるような居心地の悪さを覚えた。過去の忌まわしい記憶が浮上してきて、ちくちくと頭を刺す。
黒木の眼差しはあの時、金本が対面した男たちの目にそっくりだった。刃物のような輝きで、金本の身体を切り裂き、皮膚の下に隠された中身を引きずり出して確かめようとする――そんな目だ。
黒木の顔つきはいつの間にか、扱いにくい少年から、再び飛行隊を率いる冷徹な陸軍大尉のそれになっていた。
そして言った。
「金本。お前、この隊の嫌われ者になれ」
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