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第2章⑭
金本が割り当てられた飛燕は、補助滑走路の東端に停められていた。先にそこで待っていると、おくれて千葉が一人の小柄な整備兵を助手として連れてやって来た。
「キ六一-一型乙ですね」
機体を一目見るなり千葉が言った。三式戦闘機「飛燕」は、開発時にキ六一の番号を与えられていた。陸軍の制式戦闘機として採用されてからもその名で呼ばれる機会は多い。そして施された武装により、甲、乙、丙、丁の四種類に分類された。すなわち、
八九式七.七㎜固定銃二丁と一二.七㎜機関砲「ホ一〇三」二門を積むキ六一-一型甲。
一二.七㎜機関砲「ホ一〇三」四門を備えたキ六一-一型乙。
一二.七㎜機関砲「ホ一〇三」二門とドイツ製マウザー砲(二〇㎜機関砲)二門を装備したキ六一-一型丙。
一二.七㎜機関砲「ホ一〇三」二門と国産の二〇㎜機関砲「ホ五」二門を持つキ六一-一型丁。
である。この内、二〇㎜機関砲を積む丙・丁は火力という点で、甲・乙を凌駕する。そのためこの機体に乗りたがる者が多いが、配備される丙・丁の数には限りがあった。また重量の面からも丙・丁は甲・乙より重く、飛燕本来の強みである速度や上昇力が減殺されるという欠点がある。金本が所属する「はなどり隊」に配備された飛燕は、大半がキ六一―一型乙だった。
「時間がかかりますので。よかったら、どこかで時間をつぶして来てください」
助手に工具を持たせ、千葉は早速、操縦席へ乗り込む。主翼の傍らに立つ金本は軽く首を揺らした。
「いや。もし迷惑でなければ、ここで見ていてもいいか?」
「もちろん、かまいませんよ」
千葉は顔をほころばせた。
「興味がおありなら、もっと近くででもどうぞ」
金本は少し迷ったが、乗機について知識を深めるいい機会だと思って、千葉の提案に乗らせてもらった。千葉は中山という助手と言葉を交わしながら、てきぱきと、しかし確実な手際で機体をチェックしていく。
その合間に、機体をのぞきこむ金本の疑問に答えてくれた。
「飛燕に搭載された発動機は、戦闘機には珍しい液冷式エンジンなんです」
説明する千葉の表情は実に活き活きしている。根っから、航空機が好きなのだろう。
「九七式戦闘機や隼 (一式戦闘機のこと)などに積まれた空冷式に比べると、前面面積が小さくて面積当たりの出力が大きい。だから、あれほどの速度が出るんです」
「ただし、ちゃんと動いてくれれば――だろう?」
金本の指摘に、千葉は苦笑した。「飛燕」は陸軍の戦闘機搭乗員の間で、その実、少なからぬ難点を抱える機体とみなされている。特にエンジンの不具合の多さはよく知られていた。
「ええ。おっしゃる通り、この液冷式エンジン『ハ四〇』の最大の欠点は、性能の高さゆえに構造が複雑で、取扱いが難しいことです。個々の発動機の性能についても、開きがあります。……金本曹長は、この調布にまわされてくる飛燕に、旧式の甲・乙が多いことにはお気づきですか?」
「ああ。理由は知らないが」
「これも『ハ四〇』が関わっているんです。新しい機体だと、エンジンがきちんと動いてくれるか保証がない。でも長く使われてきた機体なら、その点、心配はいりません。近くの立川航空廠 から、すぐに補充がきくという利点もある。そういうわけでここには中古機が多いんです。いや…中古というより、今まで戦い抜いて生き残った古参さんと言った方がいいかもしれませんね」
千葉の口ぶりは、まるで生きた人間について語るようだ。そう言われると金本も自分の乗機に何となく前より愛着がわく気がした。
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