40 / 370
第3章④
詰問ではない。質問ですらなく、単なる確認だった。サンダースはすぐに返事をしなかった。珍しい。二十九歳になる生真面目な中尉は、赤毛の上官に対しておよそ遠慮がない。言いたいことがあれば、はっきり言うのが常なのだが……。
それでも数秒の沈黙の後、サンダースは意を決したように口を開こうとした。
まさにその瞬間、卓上の電話がけたたましく鳴り出した。
二人のどちらにとっても、出鼻をくじかれる形になった。クリアウォーターは最初、電話を無視しようとしたが、待てどもしつこく鳴りやまない。
「……出てください」
サンダースがうながした。
「後で少しだけ時間をいただけますか。きちんと説明しますので」
クリアウォーターはやむなく、部下の発言を認めた。退室する副官の背中を見届けると、多少のいまいましさを込めて受話器を取った。
「もしもし?」
「…あ! もう、やっとつながった」
耳元でハスキーな声がはじけた。
「ハアイ! ダニエル? ダニエル・クリアウォーター大尉よね。あ、もう少佐になったんだっけ。昇進おめでとう。ところで元気にしてるかしら?」
あまりに意外な相手だったので、クリアウォーターはとっさに反応し損ねた。そこから態勢を立て直すために、さらに五秒間、相手にしゃべらせる必要があった。
「ねえ、ちゃんと聞こえてる? 赤毛さん?」
「……どちらさまでしょうか」
「えっ、ちょっとひっどーい。ワタシの声、忘れちゃった?」
忘れるわけがない。言ってみただけだ。
クリアウォーターは浮かんできた様々な疑問――どうやってこの電話番号をつきとめたのか、そもそも今、日本にいるのか、そして数年間、連絡を取っていなかった男に電話をかける気になったのはなぜか――をひとまず心の隅に押しやった。
こみあげて来たなつかしさに、つい口から笑い声がもれた。
「君は元気そうだな。エイモス・ウィンズロウ大尉」
返事のかわりに、同じくらい愉快そうな笑い声が電話の向こうで上がった。
アメリカ陸軍第五航空軍に所属するエイモス・ウィンズロウ大尉が、クリアウォーター家の姉弟と知己を得たのは先の大戦中のことである。
麦わら色の髪と棒遣い人形 のような長い手足を持つ男は、ニューヨークで開かれたとあるパーティで、姉のスザンナと出会った。
スザンナが、ウィンズロウの当時愛読していたコミックブック「ブラック・トルネード」の作者だと告げられたウィンズロウは知り合えたことに有頂天となり、さらにスザンナから彼が一番好きなキャラクターの原画を贈られると、喜びのあまり気を失わんばかりになった。
以来、ウィンズロウはコミックだけでなくその作者の熱烈なファンとなった。また後に太平洋戦線に派遣されると、この第五航空軍の大尉はスザンナにもらった原画を忠実に再現したイラストを、自分の愛機に描かせたのである。
そして弟のダニエルとの遭遇は、それ以上の偶然からもたらされたものであった。
ともだちにシェアしよう!