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第3章⑥

「ーー先週、あなたのお姉さんのスーに会ったの」  受話器の向こうで、ウィンズロウがはずんだ声で言った。 「銀座でね。そのあと、調布にも招待したわ(※「Sの襲来」参照)。で、スーと話している内に、そういえば弟の方はどうしているんだろって思って。それで電話したわけ」  赤毛の陸軍大尉が『ブラック・トルネード』の作者の弟だと、ウィンズロウが知ったのは、ベッドを共にした翌日のことだ。朝日の下で改めて目にしたクリアウォーターの髪の色や顔のパーツのいくつかに、敬愛する芸術家と共通点が認められたので、半分冗談で尋ねたのだ。冗談ではなく本当に姉弟だと知らされた時、さすがのウィンズロウも唖然としたが。  世間は広いようで狭い。  一方、クリアウォーターにとって、エイモス・ウィンズロウの位置づけは中々、難問だ。  交際期間はごく短かったが、刻まれた印象は深く強烈だ。その原因はおそらく、ウィンズロウの行動原理や恋愛観が、クリアウォーターの目から見ても異質だったからだろう。 「ワタシは自由恋愛主義者なの」  一緒に迎えた休日の朝。クリアウォーターがつくった朝食を熱心に胃に放りこみつつ、ウィンズロウは声高に説いた。 「誰かに人生をしばられるのはイヤだし、誰かをワタシの人生にしばりつける気もない。気に入った男がいれば一度に何人とでも付き合うわ。遠慮なんかしない。それを責めるっていうのなら――『はい、サヨウナラ』」  自分が言ったことを証明するように、休暇の最後の方でウィンズロウは新しい恋人を見つけていた。これにはクリアウォーターもあきれて苦笑するしかなかった。出会ってから十日間、さんざん彼を振り回した航空軍の大尉は「じゃあね」のひと言だけで、前線へと旅立って行った。再会を期待するあいさつすら残さなかった。以来二人が巡り合うことはなかったし、少なくともクリアウォーターは滅多なことで、この手足の長い大尉を思い出すことはなかった。  思い出しはしないが、絶対に忘却不可能な人物。  それがエイモス・ウィンズロウという男だった。

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