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第3章⑧

「――はい。その手紙に書かれている通りです」  スザンナの書簡を前にサンダースはあっさり認めた。隠していた事実がクリアウォーターに知られるところとなって、逆に覚悟が決まったようだ。背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取る。迎撃態勢は万全といったところか。  もっとも、対するクリアウォーターは攻撃するどころではなかった。  途方に暮れているというのが一番近い。自分の能力に限界があることを、クリアウォーターはきちんとわきまえているつもりだった。とはいえ、これほど手に余る事態というのが、かつてあっただろうか。  (スザンナ)部下(サンダース)が付き合っていた。それも、自分のあずかり知らぬところで。  思い返せば、東京にいた間、スザンナは夜にしょっちゅう出かけていた。その真相を、クリアウォーターはようやく知る羽目になったわけである。しかもスザンナがU機関に来た時に、サンダースにコーヒーを出すように頼み、二人を引き合わせるきっかけをつくったのは、ほかならぬクリアウォーター自身である。  あれは果たして軽率な行いだったか?ーーそうは思えないが、今になって後悔はしていた。 「姉は君より五歳も年上なんだが…」  クリアウォーターは何とも歯切れの悪い表現で、婉曲的に反対意思を示した。 「お言葉ですが、あなたとカトウの年齢差は九歳ですよ。せいぜい半分程度です」  手痛いところを突かれ、クリアウォーターは口を閉ざした。 「……軽い気持ちではありません」サンダースはきっぱり言った。 「真剣に考えています」 「君のことだから、そうだろうな」  およそこの世に存在する事象に対し、サンダースは常に真剣で真面目だ。そうでないことがあったら教えてほしい。部下のそういう性分を、クリアウォーターはよく理解しているつもりだった。そんな真面目一辺倒の男に恋人ができた。本来なら軽口を交えて、祝福の言葉くらい贈ってやれただろう。  もし交際相手が、あの(スザンナ)でなければ。  本心を言ってしまえば、二人にはそれぞれ別々に相手を見つけて幸せになってもらいたかった。サンダースが姉の手で階段から叩き落される未来など、まったくもって見たくない。  ……長い沈黙の末、クリアウォーターは深々と息を吐いた。  この会話の帰着点が自分の降参以外にないことは、最初から明らかだ。サンダースも姉も立派な大人である。自分が口を挟む筋ではなかった。 「…幸運を祈るよ」  今この場で、クリアウォーターが言えるのはそれくらいだった。 「最善を尽くします」サンダースは生真面目そのものの態度で答えた。  一人の女性の弟と彼女の恋人が交わすには、およそ似つかわしくないやり取りで、この一幕の悲喜劇はひとまず締めくくられた。

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