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第3章⑩

 短いあいさつを交わし、佐野は切り出した。 「実は僕が書いた記事がひとつ、没になったんですわ。明日、新聞に載るはずやったんですけど、民間検閲部(C C D)の検閲に引っかかりましてね」 「ほう」  クリアウォーターは相づちを打った。  民間検閲部(C C D)とは参謀第二部の管轄下にある部局のひとつである。その名称が示す通り、現在占領下にある日本で出版される新聞、雑誌、書籍さらにラジオや映画、演劇芸能といったおよそ存在するあらゆる表現形態について、検閲を行っている。それに携わる者は全国で数千人に及ぶと言われ、仕事の大半は英語に通じた日本人が担っていた。  占領軍の一員であるクリアウォーターだが、この部局には多少の皮肉を込めた思いを抱いている。占領以前の日本でも出版物等に対する検閲は行われていたし、その厳しさは現在、民間検閲部(C C D)が実施しているものよりはるかに苛烈だったと言われている。しかし、検閲という行為自体は日本国民に広く知れわたっていたし、根拠となる法律が存在していた。  一方、現在GHQが行っている検閲は――表向きは存在しないことになっている。  というのも、先ごろ施行された新しい憲法(日本国憲法)において、日本国民には表現の自由が保障されており、検閲という行為も禁じることが明記されているからだ。そして、この憲法の草案を作成したのは、ほかならぬGHQなのである。言論の自由を保障し、それを喧伝している張本人たちが、自分たちに都合の悪い事柄を世に広めないよう裏で手を回している。欺瞞と非難されれば、その通りだと認めざるを得ないだろう。  そして佐野は、CCDにブラックリストがあるとすれば間違いなく赤インクででかでかと名前が記されている人物である。クリアウォーターが知る限りでも、過去に何度か記事の出版差し止めを食らっていた。 「今度は何を書いたんだい?」  多少の興味を込めて、クリアウォーターは尋ねる。  佐野はそれに直接答えず、含みのある言い方をした。 「少佐さん、西多摩で小脇順右という神主が殺された事件、調べてはりますやろ」 「はて?」 「とぼけんといてくださいよ」  電話口で佐野は笑う。 「ぼくも、警察には何人か知り合いがおるんです。名前は分からんでも、事件の現場に夕焼けみたいな色の髪で緑の目をした背高のっぽのアメリカの将校さんが来たって話は耳に入ってます。あなたさんだと、すぐ分かりましたわ」  そこまで突き止められていては、しらを切る意味もなかった。 「それで?」  クリアウォーターは先をうながした。 「神主が殺された神社の壁に、血文字が残されていましたやろ」佐野は言った。 「ぼく、それについて面白い事実に気づいて、それを記事にしたんですけどね…」  それまで穏やかだった佐野の声に熱がこもる。 「一昨日、静岡の浜松で焼死体が見つかったんですよ。黒焦げで、身元が特定されておらんそうですが。そこの現場に、けったいなものが残ってたんですよーー」  続く佐野の言葉をクリアウォーターは信じられない思いで聞いた。 「血文字です。全部で十二文字。その内、六文字は神主殺しの現場に残されたものと、まったく同じ内容でした」

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