65 / 370
第5章②
将軍はクリアウォーターに向き直った。
「クリアウォーター少佐。君は日本の警察に対して、上から命令し、取り仕切る気か?」
「いいえ。そんなつもりは毛頭ありません」
赤毛の少佐はにこやかに言う。
「私はただ、早急な事件解決のために彼らに協力したいだけです。必要とあれば、こちらが握っている情報だって提供しますし、足並みがそろわないのなら、協力し合えるように仲介役になる所存です」
聞いていたW将軍はその魅力的な笑顔に一瞬だけ、うさんくさげな視線を向けた。クリアウォーターの意図するところは明らかだ。元より、赤毛の少佐に日本の警察に命令を下す権限はない。彼にできるのは、せいぜい「占領軍の一少佐」の立場から依頼するだけだ。
笑顔と巧みな話術で、相手をからめとり、いつの間にか相手の首を縦に振らせてしまう。そして周りの人間が気づかぬうちに、実質的にすべてを把握して、取り仕切る位置におさまっている。それがダニエル・クリアウォーターという男だ。任務や目的のために、誰かに取り入ることにかけて、この赤毛の少佐の右に出る者はいない。くしくも、かつてクリアウォーターをスパイの世界に導いたナサニエル・グラン教授はこう評していた。
「彼は超一流の人たらしだ」と。
クリアウォーターをU機関の長に据えたW将軍も、そのことは十分熟知している。
そして、クリアウォーターがアメリカ人であること、少なくとも資本主義の陣営に生まれたことをひそかに神に感謝していた。
「ーーひとつ。君の本心を聞かせてくれ、少佐」将軍は言った。
「これほどまでに、ふたつの事件にこだわるのはなぜだ? 君の見立てによれば、この連続殺人鬼は、再び殺人を犯す可能性があるという。なるほど、人死が未然に防げればそれにこしたことはない。だが、それだけが理由か?」
もしクリアウォーターが人道主義の観点のみから、事件に関わるつもりなら、将軍は許可を与えるつもりはなかった。彼の統率する参謀第二部 は常に、人員と予算の不足に悩んでいる。有能な人材を重要度の低い案件に関わらせるのは、いかにも無駄が過ぎる。
将軍の鷲のような目で見据えられたクリアウォーターは、笑みを消した。
かわりに現れたのは、優秀な狩人の顔だった。
「この犯人を一秒だって野放しにしておくべきではないと、思ったからです」
クリアウォーターは言った。
「二人の元軍人を殺した方法は残酷で、そのやり口を見ても殺人者の精神状態がまともでないのは明らかです。ですがその反面、用心深く周到です。指紋を残すミスを犯しましたが、今のところ、他に証拠らしい証拠は見つかっていない。この犯人は頭がよく、計画性があり、何より自分が立てた計画を遂行しようという強い意志を持っている――いわば切れ者の狂人です。たとえ、彼の殺人の対象が日本の元軍人に限られるとしても、こういう人物を自由にしておくべきではない。早急に捕まえるべきです」
言い終えて、クリアウォーターは将軍の返答を待った。
初老の将軍は難しい表情を保ったまま、即答しなかった。煙草を取り上げて火をつける。
ひと口喫って、将軍はようやく口を開いた。
「捜すべき対象について、目星はついているのか?」
「はい」
「……いいだろう」
紫煙を吐きだし、最終的に将軍は譲歩した。
「二週間後の月曜日。今日と同じ時間の予定を開けておく。その時にまたここに来て、進捗状況を報告してくれ。それを聞いた上で、君が捜査を継続すべきか否かを判断しよう」
W将軍のもとから退出したその足で、クリアウォーターはもう一人、面会の約束をした人物の所へ会いに行った。その相手はクリアウォーターと階級こそ同じだが、人当たりがよく、いつも微笑を浮かべている赤毛の少佐とは、あらゆる面で対照的だった。
大抵不機嫌で、いつも(特にクリアウォーターに対して)かみつきそうな顔をしている、半白髪の少佐。
「――俺は忙しいんだ。手短に済ますぞ」
対敵諜報部隊 に所属するセルゲイ・ソコワスキー少佐はそう言って、彼のもとに来た招かれざる訪問者にあごをしゃくった。
座れというジェスチャーだと受け取って、クリアウォーターは空いているソファの一角に腰かけた。
ともだちにシェアしよう!