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第5章④
ソコワスキーは自分がつかんでいる情報をクリアウォーターに説明した。
最初、過激派たちはアメリカの独立記念式典の時に、何かしようと計画しだした。しかし、結局具体的な案が出ないまま、それはお流れになった。武装して行進するアメリカ兵たちを相手にするのは、さすがにまずいと気づいたのだろう。
そのかわりと言うわけでもないが――彼らが次に考えたのが、エンペラー の誘拐だった。
クリアウォーターは口元に手を当て、記憶をたどった。
「…なるほど。確かエンペラー は、今年の八月に東北地方へ巡幸する予定だったな。誘拐するなら警備が流動的になるその時が狙い目、と考えてもおかしくない」
クリアウォーターは思考を研ぎ澄ます。だんだん、この話が向かう先が見えてきた。
「――ソコワスキー少佐。対敵諜報部隊 は、小脇順右を再尋問の名目で呼び出すつもりだったようだが。本当の目的は、別にあったんじゃないのかい?」
ソコワスキーはすぐに返事をしなかった。沈黙は時に雄弁に真実を語る。クリアウォーターは自分の仮説が正しいことを確信した。
「対敵諜報部隊 ――というより、君が小脇をK会の過激派連中と接触させて、彼らを無力化する駒として使おうとしていたんじゃないか?」
ソコワスキーが口を開くまで数秒、間があった。表情を見るに、クリアウォーターにあっさり見抜かれたことが、どうも腹立たしいらしかった。それでも、
「……その通りだ」
ソコワスキーは認めた。
「K会の連中を逮捕するとなると、また大がかりな作戦が必要になってくる。正直な話、目を光らせなければならない相手は他にごまんといるんだ」
半白の髪の少佐は、かみつきそうな表情で言った。
「過去の亡霊を甦らそうとしているアホどもばかりに、かかずり合っているわけにもいかん。こちらから間諜 を送り込んで、奴らの考えを誘導するなり、対立を煽って内部崩壊させることができるのなら。手間も費用もずっと少なくて済む」
「なるほど……中々いいところに目をつけたと思うよ」
ソコワスキーの案をクリアウォーターはそう評した。
「小脇は元軍人、しかも軍では結構な有名人だった。経歴からして弁も立つだろう。スパイとして働いてくれるかは――彼が先の尋問で協力的な態度であったことを考えれば、まあ五分五分といったところかな」
赤毛の少佐の口元には、かなり辛辣な笑みが浮かんでいた。
「戦前に強硬な主戦派であったこと。それと対照的に、戦後、アメリカ軍に対して非常に従順な態度で臨んだこと。それらを踏まえると、小脇という人物は、支配者の交代によって節操を変えることに、さほど抵抗がなかったようだしね」
そして、そういう人物を見るのは、クリアウォーターにとって別に目新しいことではなかった。
「小脇が死んだ以上、この案は白紙にせざるを得なくなったがな」
ソコワスキーは苦い顔で言った。
「今使っている内通者には、それほど力はない。おまけに小脇ほどの適任者も、ほかにいなさそうだ。どうにも、このまま見張るしかないようだ。連中を拘束するとすれば実行の直前だ。その時までに、奴らが事 のバカバカしさに気づいて、計画を放棄するのを祈るしかないな」
その言葉に、クリアウォーターも同感だった。K会の急進過激派が本当に誘拐計画を実行に移す気であれば、こちらとしても強権を発動せざるを得ない。
――エンペラー の存在が、占領統治を成功させる鍵である――
終戦直後。アメリカ本国では、日本の最高指導者であるエンペラー を裁判にかけて罪を問うべきであるという声が、さらに処刑すべきだという声が少なからずあった。その状況は実は今も大して変わらない。アメリカ国民の目にとって、日本のエンペラーはナチス・ドイツを率いたヒトラーや、イタリアの独裁者ムッソリーニと、そう変わるところがなかった。
しかし、占領日本の事実上の最高責任者、「青い目の大君」ダグラス・マッカーサー元帥はそれらの声をきっぱりはねつけた。日本という国を象徴するエンペラー を排除せずに温存する方が、占領統治がうまくいくであろうことを、マッカーサーは見抜いていたのである。その上で東条英機をはじめとし、政策決定に関わった人物たちを戦犯として逮捕し、処罰するという方法を選んだ。実際に、GHQの占領統治が二年近くが経った現在に至るまで、おおむねうまくいっている結果を見れば、それは最良に近い策であった。
エンペラー を存続させる方針は、今後も変わることはあるまいーーそれが占領軍将兵の、そして日本人の大方の見方であった。
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