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第5章⑧
クリアウォーターの顔に驚きが走ったとしても、それはごく一瞬のことだった。
つい先日、姉 のはからいでカトウが調布飛行場に連れていかれた話は、カトウ本人から聞いている。そこで乗せられた小型機のパイロットにひどい目に遭わされたことも。
その時のパイロットがウィンズロウであることは、容易に推測できた。
近づいてきた麦わら色の髪の大尉は、クリアウォーターに向かって親し気に手を振った。
「ハァイ、赤毛さん」
「…妙なところで会ったものだね」
クリアウォーターの声も態度も、完璧に「昔の知人」に対するものに調整されていた。
そっけなさはないが、過度の親しみはない。
「先に質問させてくれ。どうして君が私の部下と一緒にいるんだ?」
「さっき、たまたまそこで会ったのよ。前に、スーに頼まれて、彼を乗せて飛行機を飛ばしたことがあってね。で、おしゃべりしながら歩いてたら……また、すっごい偶然。あなたに会ったってわけ」
茶目っ気を交えて語られた台詞(それもウインクつき)に、クリアウォーターはもちろん、だまされはしなかった。
カトウがクリアウォーターの部下だと言った時、ウィンズロウは驚かなかった。知っていたか、あるいは予想していたかのどちらかだ。カトウに会ったのは本当に偶然だろうが――この日系人の軍曹についていけば、ひょっとするとクリアウォーターのところにたどり着くかもしれないと、そう踏んだのだろう。
それは確率の上では極めて低いが、別に外れたところでウィンズロウに損はない――そして結果的に、見事にもくろみは的中したわけである。
クリアウォーターとしては、なんとも悩ましい状況だった。
昔の恋人と現在の恋人がはち合わせ――気まずいことこの上ない。
「――ねぇ、今晩あたり空いてない?」
ウィンズロウがジープのドアにもたれかかる。
淡い褐色の目から送られる秋波を、クリアウォーターはにこやかに無視した。
「悪いね。すでに予定が入っている」
「…付き合い悪いわね」
ウィンズロウの眉が険しい角度に持ち上がる。
「いったい、いつなら空いてるのよ?」
「その時になったら、こちらから連絡するよ。申し訳ないが、本当に急いでいるんだ」
クリアウォーターは、事の成り行きについていけず、おいてけぼりを食らっている部下を手招きした。
「いくぞ、カトウ」
「あ…はい!」
カトウはウィンズロウの後ろから回りこんで、ジープの助手席におさまった。カトウがドアを閉めると同時に、クリアウォーターが間髪入れずにエンジンをかける。
文句を言おうとする大尉に向かって、クリアウォーターは素早く告げた。
「エイモス。君にいい相手が見つかることを、祈ってるよーー心から」
そしてウィンズロウに反論する暇を与えずに、車を発進させた。
「小脇の検死報告書は、無事受け取れたかい?」
「はい」
「よかった。こっちも、うまい具合にいったよ」
カトウは相づちを返してくれたが、それきり車中の会話は途切れてしまった。
それが再開したのは、しばらく街中を走ったあとだ。市電の走る大通りから横道に入り、クリアウォーターはジープを停車させた。
「……エイモス・ウィンズロウ大尉のことだが」
言いながら、クリアウォーターは助手席を見やる。
カトウがこちらに向けた視線は、いつもより温度が数度は低かった。確実に。
切れ長の目が、無言のうちにクリアウォーターに告げていた。
――それで。あの妙ちくりんな男とはいったい全体、どういう種類のお知合いで?
これ以上ないくらいに、わかり易い反応だった。
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