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第5章⑪

「仕事ははかどりましたか?」 「ああ。調べるところは、見当がついてきた」  クリアウォーターはサンダースに向かって、今しがたまとめていたことを話した。 「殺害された河内作治の経歴は、およそ明らかになっている。彼は一八九六年、河内家の次男として生まれたんだが、祖父は明治維新の折、討幕軍の一員として新政府樹立に貢献した人物だった。父親も日露戦争に従軍し、旅順包囲戦で功績を立てて勲章をもらっている」 「典型的な軍人一家、というわけですか」 「うん。近所で、知らぬものはいなかったそうだよ。河内本人もそんな祖父や父の影響を受けて、陸軍士官学校に入学した。その後、陸軍大学校に進み、一九二八年に歩兵大尉に昇進している」  河内作治にとって、その後の進路を決める転機が訪れたのは翌年のことだ。 「当時、航空技術の発展は日進月歩で、各国の軍はいずれも航空兵力の質量の向上に力を注いでいた。日本の帝国陸軍においても、一九二五年に航空が独立した兵科になっている。その流れの中で、河内は兵科を航空に転科し、以降、航空畑を歩んでいった」  クリアウォーターは英語で書かれたメモを掲げる。 「ドイツへの駐在と航空本部勤務を経て、河内は一九四一年、日本がアメリカと開戦すると、太平洋戦線へ派遣された。第五飛行師団の参謀として、フィリピンとビルマ方面の戦いに従事した。しかし戦況が悪化の一途をたどっていた一九四四年、大本営の参謀として内地に呼び戻されている。それを十二月まで務めた後、同年八月に編成されていた教導航空軍(きょうどうこうくうぐん)に転出している」 「教導航空軍……?」  耳慣れぬ名称に、サンダースが首をかしげる。クリアウォーターは説明を加えた。 「日本の帝国陸軍は、戦争末期に飛行学校のまだ未熟な学生や練習用の航空機まで戦力として動員せざるを得なかった。それくらい追いつめられていたんだ。各地の飛行学校を師団として編成して誕生したのが、教導航空軍だよ。河内が転出してまもなく、教導航空軍はあの第六航空軍に改編されている」  日本の第六航空軍については、サンダースも聞いた覚えがあった。その存在は、ある単語と切っても切り離せなかった。 「『カミカゼ』ーー」  サンダースの言葉に、クリアウォーターはうなずいた。  帝国陸軍の第六航空軍は、海軍の各航空艦隊とともに、一九四五年に沖縄において特攻作戦に従事したことで知られていた。 「―-河内作治と、西多摩で殺害された小脇順右は年齢が十歳以上、離れている。だけど、彼らの経歴を調べると、ある時期において非常に近い場所にいたことが判明した」  クリアウォーターは紙に書きだしたことをサンダースに示した。 「小脇順右は一九四三年から一九四四年年末まで、大本営陸軍報道部に所属していた。河内は一九四四年に内地に戻された後、十二月まで大本営に所属している。それから二人はほとんど同じ時期に第六航空軍に転出し、そこで敗戦を迎えている。二人が互いを知っていたとしても不思議ではない」 ―ー河内と小脇が一九四四年から一九四五年の間に、誰かの恨みを買った形跡はないか?ーー 「明日以降、ニイガタとササキに第六航空軍の関係者をリストアップしてもらおう。その中から、小脇と河内の上官、同僚、部下を探して尋問を行う。もし、それで目ぼしい情報が出なければ、大本営に所属していた時期を調べようと思う」  言いながら、クリアウォーターの頭にある可能性がよぎる。虫が良すぎるかもしれない。  だがーーカトウに語ったように、殺人鬼が元軍人であるとするならば。  リストアップした関係者の中に、犯人の名前が出てくるかもしれなかった。  

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