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第6章②

 全十二機が離陸した後、高度一〇〇〇メートルで編隊を組んだ。ここまでは訓練通りだ。  編隊は、四機で構成される三つの小隊から成る。第一小隊を率いるのは、はなどり隊の隊長でもある黒木。黒木の僚機は今村が務める。第二小隊を率いるのは工藤、そして第三小隊を率いるのはほかならぬ金本だ。階級から言えば隊内では五、六番目だが、戦歴は誰よりも長く、戦闘・操縦の技術はずぬけている。だからこその抜擢だった。 「……はなどり、はなどり。ながと、ながと」  編隊を組んで上昇を続けていた時、地上の作戦室から無線が入った。 「敵はくじら三びき。敵はくじら三びき。高度一〇〇(ヒトマルマル)、みやこ西進中…」  くじら――それは四発のエンジンを備えた大型機を指す隠語だ。  十中八九、大型の爆撃機である。無線全体の意味はこうだ。 ――三機の四発大型機が高度一万メートルで、東から東京に向かって侵入中――。  高度一万メートル! 実戦経験豊富な金本でさえ、その高さに上がったのは高高度飛行訓練の時くらいだ。  金本は飛行時計に目をやった。離陸からまもなく十分。高度計の数字は五〇〇〇メートルに達しようとしている。すでに酸素マスクから自動的に酸素の供給が始まっている。風防内の温度が急速に低下しているのが、飛行服ごしにも実感できた。  その時、無線機が再び音を発した。先ほどの地上からの通信と比べ、雑音が多く聞き取りにくい。だが、間違いなく黒木の声だった。 「はなどり、はなどり。聞こえたな――上がるぞ、ついてこい。目標は高度九〇(キュウマル)」  ……遮るもののない蒼穹の空を飛燕は突き進む。五〇〇〇メートルを超えたあたりから、エンジンの出力は低下し、それに伴い上昇速度も落ちはじめる。六〇〇〇メートルで秒速五メートル、七〇〇〇メートルで秒速三メートル……。  八〇〇〇メートルに到達する頃には、離陸から三十分が経過していた。  操縦席は凍てつく寒さだ。気温はすでに零下三十五度から四十度。金本の故郷でもそうそうない極寒である。そんな中、ついに最初の脱落者が出た。 「こちら、米田(よねだ)。エンジンの様子がどうにもおかしい。降ります……」  先を進む第二小隊から一機が離脱する。それから一〇〇〇メートル上がる間に、一機、また一機と計三機が下りていった。  九〇〇〇メートルに達してなお、かろうじて編隊を保ったまま、飛燕たちは飛び続けた。金本は風防の外に目を凝らし、付近にいるはずの敵機の姿を探し続けた。 ――それにしても、なんて世界だ。  索敵に専念すべきだと分かっていても、酸素不足の頭はつい他のことを考えてしまう。眼下に日本列島がくっきりと見える。その大きさは飛燕の片翼に、巨大な平野も山脈もすっぽり入ってしまうくらいだ。そんな光景を前にすると、自分が人間でない何か別のものになってしまったような錯覚に陥る。  おそらく他の搭乗員たちも似たり寄ったりの状態だったのだろう。そうでなければ、もっと早く、その小さく点滅する光点の存在に気づいたはずだ。  キラキラとまたたいているのは、太陽の光を機体が反射しているからだーーそれに気づいた金本は無線機で呼びかけた。 「こちら金本。不明機、発見。三時の方向です」  すぐに黒木から返答があった。 「…了解。向かうぞ」

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