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第6章⑤
戻ったピストには、重苦しい沈黙が漂っていた。まるで澱んだ泥の沼のようだ。誰もが消耗し、くたびれきっている。
帝都に襲来する敵の第一陣は必ず撃滅せよと、上層部から言われていたし、自分たちでもそうするのだと、意気込んでいた。それが、このざまだ。敵を撃ち落とすどころか、近づくことさえできなかった。その現実をつきつけられて、平然としていられるわけがない。
黒木がピストに現れた時も、沈んだ空気を追い払うには至らなかった。
「……そろいもそろって、通夜 の弔問客みたいな顔だな」
とげとげしい皮肉をひとつ吐いて、黒木は言った。
「疲れているだろう。今日だけは座って聞け」
思いがけない台詞に隊員たちが顔を見合わせる。それから恐る恐る腰を下ろした。金本も隅 の方で座った。
搭乗員一同の視線が自分に集まったのを確かめた上で、黒木は口を開いた。
「貴様ら、全員見たな」
何を、とは黒木は言わない。言う必要もなかった。
「あれが俺たちの敵だ。あのばかでかい代物を作り上げ、高度一万メートルに飛ばせる奴らが、今の日本の敵なんだ。今日、俺たちはあのB29に近づくことすらできなかった。しかも、あれはおそらく偵察だ。次に来る連中は、今日のやつらほど甘くはないだろう。まともに考えれば――勝てる見込みはほとんどない」
その一言に、その場にいた全員がぎょっとなった。
黒木の口の悪さは周知のことだ。しかし、自分たちが置かれた立場を――アメリカとの間に圧倒的な力の差がつけられた現状を、こうもあけすけに口にするとは思ってもいなかった。
部下たちの反応を、はなから予測していたのだろう。
「はなどり隊」の隊長は、動じた風もなく、彼らを見据えた。
「勝てる見込みはほとんどない。だけど、思い出せ。俺たちの仕事は何だ? 近衛飛行団 と呼ばれている俺たちの仕事は何だった?」
その場の空気がこれ以上なく張りつめる。黒木はひと言、ひと言、かみしめるように言った。
「俺たちの仕事は、七百万人近い人間が暮らすこの帝都を守ることだ。そこに異論はないだろう。なら――腹をくくれ。勝てる見込みはないが、逃げるわけにもいかん。敵が来たら迎撃に上がる。命令があれば、どんな相手だろうと撃ち落とす気概で飛ぶんだ。自分の務めを果たせ。いいな!」
搭乗員たちはいっせいに、「はい!」と答えた。黒木は「よし」とうなずいた。
「俺は今から整備班の連中と話をしてくる。戻ってくるまで、適当にくつろいでおけ。以上だ」
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