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第6章⑦
黒木はただ「ついてこい」とだけ言った。余計なことは聞くなと、金本に向けた背中が語っている。触らぬ神に祟 りなし。本当は黒木に言いたいことがいくつもあったが、金本は黙って付き従った。
連れていかれたのは、戦隊本部の建物だった。その一室で、黒木や金本が属す飛行戦隊の戦隊長と、それから見知らぬ三人の将官たちが待っていた。中佐や大佐の階級章をつけた男たちはそれぞれが市ヶ谷の大本営、防衛総司令部、東部軍に所属する参謀たちであった。戦隊長が黒木と金本を起立させたまま、二人の氏名と階級を客人たちに紹介する。その上で、
「この二名が本日、我が戦隊でもっとも敵機に接近した者たちです」と言った。
戦隊長のその言葉で、金本は自分と黒木がこの場に呼ばれた理由を知った。B29に実際に接近した際の状況を、上層各部がそれぞれ参謀を派遣して尋問に来たのだ。
――しかし。呼ぶなら、黒木だけで十分では……?
金本はやや腑に落ちない。
その間にも、将官たちの口から次々と質問が発せられた。
「B29はどれくらいの高度を飛んできた?」
「速度は?」
「彼我の高度差は?」
「武装は?」
「司偵といい、君たちといい、かなり接近したらしいが、敵は一発も撃ってこなかったのか?」
………。
矢継ぎ早に繰り出される疑問に対し、答えたのはもっぱら黒木だった。その返答は短く的確で無駄がない。金本はこれなら自分の出番はあるまいと、沈黙を保っていた。
ところが、ある程度質問が進んだ時だ。それまで、ひと言も発していなかった将官が、おもむろに口を開いた。
「敵をみすみす逃すくらいなら、どうして体当たりしてでも止めようとしなかったのかね?」
発言の主は大佐という、この場でもっとも高い階級の持ち主だった。年齢は五十歳ほどか。口ひげはきれいに整えられ、服はまるでおろしたてのようにしわも染みもなく、靴はピカピカに磨かれている。しかし完璧に近い服装は、かえってこの人物の神経質そうな一面を強調しているように、金本には思えた。
河内作治 という、大本営から来たその大佐の責めるような口調に、黒木の両目が一瞬細くなる。その時、戦隊長の顔がなぜか金本へ向けられた。
目は口ほどにものを言う。
金本は、戦隊長が黒木だけでなく、金本まで呼んだ意図を悟った。
黒木が暴発しそうな場合、それを未然に防ぐ役目を期待されているのだ。
――冗談じゃないぞ……。
金本は内心うめいた。荷が重すぎる。金本が取れる手段なぞ、強引に理由をつけて力づくで黒木をこの場から引きずり出すくらいしかない。しかも、あとで黒木に散々、殴られるのは目に見えている。
割に合わないこと、この上なかった。
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