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第6章⑭

「…なあ、どれを選ぶ?」  米田(よねだ)伍長がそばにいる(あずま)伍長に尋ねるのが、金本の耳に届いた。二人は少飛(少年飛行学校)の同期生同士であった。 「俺、よっぽどのことがない限り、体当たりなんてしたくないよ。でも、『希望せず』を選んだら、黒木大尉どのが激怒しそうだろ。かといって、希望とか熱望を選んで、本当に体当たりしろと言われるのも、正直、気が進まないし……」  まだ十九歳の米田は、隊内でも一番あけっぴろげな性格の男だ。普通なら心の内にとどめておくことまで、口から出してしまう。余計なひと言が原因で、黒木や他の先輩格の搭乗員に殴られたことは一再ではなかったが、悪気はないし、愛嬌もあるので、嫌われてはいなかった。  あけすけな米田の台詞を、とがめる者はいなかった。この場にいる少なからぬ者が、似たり寄ったりの心境だったからだ。さらに自分の身の振り方を考えるのに精一杯で、米田にかまう余裕がない者はもっと多かった。  その時、ピストの戸が勢いよく開かれた。  戸口に現れた「はなどり隊」の隊長の姿に、隊員たちはあわてて姿勢を正した。黒木は部下たちにろくに目もくれず、副隊長の今村の前までずかずか進む。そのまま手にしていた封筒をバンっと押しつけた。 「……全員、昼飯前までに今村のところに出せよ」  それだけ言って、さっさとピストから出て行った。  黒木はもう書き終えたのか――金本がそんなことを思っていると、米田が「あれっ?」と素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。 「大尉どの、封筒をのりづけするのを忘れてる」 「ああ、本当だ。しかたないな。こちらで貼っておくか…」  今村がのりを探しかけた時、米田が不意に言った。 「…あのう。これ、こっそり中身を取り出して、こっそり見て、こっそりまた封筒に入れておけばバレませんよね」  その一言で、ピスト内の全員の動きが止まった。  一拍遅れて、我に返った今村が憤然とした顔で怒鳴りつけた。 「米田!! お前、何を言ってるんだ!」 「す、すみません…いや、でも、正直、気にならないですか?」 「気にはなるが、やっていいことと悪いことがあるだろうが!」 「ですけど。この場合、のりを貼るのを忘れた大尉どのも、うかつですよ。いや、本当に何て書いたんだろう…」  米田は首をかたむけ、封筒ごしに中身をのぞこうとする。今村は阻止しようと隠す。米田はなおも食い下がろうとして、今村にポカリとやられた。 ――確かに、封筒をのりづけしなかったなんて、黒木らしくもない失敗だ……いや。 「…わざと、封をしなかったのか」  金本の言葉に、今村と米田が同時に年長の曹長の方を振り返る。彼らに向かって、金本は言った。 「大尉どのは自分がどれを選んだかを、それとなく俺たちに伝えるために。わざとのりづけしなかったんじゃないか?」  「念のために」と、工藤が入口の見張り役を買って出た。  黒木の封筒を中心に、残りの搭乗員が自然と輪をつくる。  はたから見れば、滑稽なかぎりだが、この時は誰もそうは思わなかった。 「……開けるぞ。いいな」  今村が意を決して、中身の紙を広げた。十対の目が釘づけになり――黒木が示した「意志」をしかとその目に焼き付けた。

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