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第6章⑯
――最低でも一人? ふざけんな!
階段を下りながら、黒木は心中怒り狂っていた。
朝、生きていても、夕方には死んでいる――それが航空兵だ。
敵に殺されるのはくやしいが、それも定めれらた宿命だ。
ーーだが。
味方によって、逃れようのない死地に追いやられるのは、どう考えても間違っていた。
それでも黒木は用紙を受け取った。受け取らざるを得なかった。
どれほど納得がいかなくとも――帝国軍人である以上、命令に従わないわけにはいかない。
今まで自分の周りにあった自由や選択の余地が、急速に失われつつあることを、黒木は感じずにはいられなかった。
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――対艦特別攻撃隊:熱望 対空特別攻撃隊:熱望――
……この選択に至るまで、金本が悩まなかったわけではない。
盗み見た黒木の用紙には、どちらも「希望せず」に丸がつけられていた。それを確認した時、今村や米田の顔にはほっとした表情が浮かんだ。
隊長の黒木さえ、特攻を希望しなかったのだ。ならば、自分たちが同じ選択をしてもとがめられはしないーーそう思ったに違いない。
だが、事はそう甘くないだろう。戦隊長は言っていた。各戦隊から四機が選出される。公平を期すなら、最低でも「はなどり隊」から一人が選ばれる公算が高い。
たとえ本人が望まなくとも――「志願者」として。
「………」
用紙を前にして、金本は自分に問いかけた。
生き延びたいか?――できることなら。
死と隣り合わせの場所で、出撃のたびにこれが最後かもしれないと考えながら、それでも生還するために最大限の努力をしてきた。この世に、それなりに未練だってある。
だが、金本はそれを諦めることもできた。
「……俺は十分に生きた」
口に出してつぶやく。子どもの頃の夢をかなえた。航空兵となって多くの戦場を飛んだ。
飛んで、戦って、殺してきた。それが、ここで終わりになっても別にかまわない。
そこで金本は気づく。
本当は未練なんて、なかったんじゃないかと。
肉親の存在も、故郷への帰還も――ただ、自分を死なせないための口実に過ぎなかった
んじゃないか、と。本当はずっと前から、ただ惰性で生き続けてきただけだったんじゃないか、と。
光洙を永遠に失った時から――。
金本はあの詩を口ずさんだ。ひとつの国が滅びようとしている時に、変わらない忠義を貫くことを謳った詩。兄が、光洙が、好きだった詩――。
「この身が死んで、また死んで。百回死んで。白骨が塵となり――」
不意に、黒木のことが頭に浮かんだ。
もし特攻に選ばれれば、黒木との関係にも、もう悩まなくて済むのだ。彼の暴力に悩まされることもない。あの型破りな言動も、いちいち気にする必要がなくなる。
清々するーーはずだ。
そんな思いとは裏腹に、黒木のあの大きな瞳を脳裏から締め出すことが、金本はどうしてもできなかった。
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