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第7章㉟

 ……その後、退院した蘭洙が叔父の哲基(チョルギ)の死を知ったのは、明野飛行学校へ出頭する三日前のことだった。  蘭洙は埼玉から三重へ向かう途中、時間をやりくりして何とか大阪に立ち寄った。かつて暮らしていた家の近くまで来た時には、すでに日が暮れていた。一年半ぶりに戻ってきた朝鮮人の街に、さすがに懐かしさを覚える。それが嫌な予感に変わったのは、叔父の経営する工場の前まで来た時だ。そこは門扉が閉ざされ、静まり返っていた。遅い時間だとしても、ここまで人の気配が感じられないのはおかしい。  蘭洙は足早に、斜め向かいにある叔父の家へと向かった。  戸を叩き、蘭洙の呼びかけに応じて出てきたのは叔母であった。暗くても、それと分かるくらいにやつれた顔をした彼女は、蘭洙の姿を認めるなり、まなじりをつり上げて叫んだ。 「出てお行き! この疫病神め!!」 「叔母さん……? 哲基叔父さんは……」 「あんたたち兄弟を家に入れたのが、そもそもの間違いだったんだ!! くそったれの甥のせいで、うちの人は……。お前の兄があの人を殺したようなもんだ! 出ていけ! 二度とここに近づくんじゃない!!」  叔母は腕を振り上げて蘭洙を突き飛ばすと、その鼻先で戸をぴしゃりと閉めてしまった。  蘭洙は茫然とその場に立ち尽くした。その頃には騒ぎを聞きつけて、近所の人間がちらほら表に出てきていた。その中に、蘭洙も顔を知っている朝鮮服屋の主人がいた。  彼は蘭洙を見て、その無事に驚き、それからようやく事情を打ち明けてくれた。  ……蘭洙が憲兵隊に連れていかれたのと時を同じくして、哲基と叔母もまた特高警察に連行されていた。叔母は拷問こそ受けなかったが、ひどく陰湿な取り調べにさらされたという。そしてようやく解放されて家に戻ってきた彼女を迎えたのは、変わり果てた姿になった哲基の亡骸だった。特高は取り調べの最中、突然の心臓発作で死んだと告げたが、叔母も含めて誰もそれを信じなかった。殴られて腫れあがった身体を見れば、拷問の末に息絶えたことは明らかだった。哲基の葬儀は密やかに行われ、亡骸は火葬にふされた。 「ちょっと、そこで待っていろ」  朝鮮服屋の主人は蘭洙にそう言うと、ほかの男二人と一緒に家に入って行った。そして十分ほどかけて叔母を説き伏せ、蘭洙が家に上がることを何とか認めさせた。 「あんたと哲基には子どもがいない。なら、位牌はいずれ故郷の家にもどして、甥たちに(まつ)ってもらわにゃならんだろう。これからずっと世話になる相手に、あまり冷たく当たるものじゃない」  足を踏み入れた家は、よそよそしく埃っぽかった。他に人の気配もない。叔母は蘭洙と顔を合わせたくないとどこかに出て行ってしまったし、元々いた下宿人たちも特高警察を恐れて、すでに引き払った後だった。  家の中は片付けられていたが、特高が来た時には畳まですべてひっくり返され、滅茶苦茶にされたという。茶の間に入ると、そのすみにひっそりと哲基の骨壺と位牌が人の目に触れないよう布をかけて置かれていた。  蘭洙はその前に額づいて拝礼した。 「――叔父さん」  蘭洙は語りかける。哲基とはいつも仲睦まじかったというわけではない。むしろ、頭に浮かぶのは怒られている思い出ばかりだ。それでも、叔父は蘭洙と、そして光洙の面倒を、何年にもわたって見てくれた。蘭洙が飛行学校を受験する決断を、後押ししてくれたーー。 「……本当に。ろくに恩返しもできずに、申し訳ありません。せめて安らかに眠ってください」  もう一度、頭を下げて蘭洙は立ち上がった。  もう、この家に自分の居場所はない。戻って来ることも二度とないと思った。  ……一九三八年九月。明野飛行学校で、九五式戦闘機と九七式戦闘機の操縦を叩きこまれた(キム)蘭洙(ランス)――金本(かなもと)(いさみ)伍長は中国大陸へ向かう。初戦は中華民国政府が防衛する漢口だった。その翌年には、満洲国とモンゴル人民共和国の国境で発生した紛争――後に「ノモンハン事件」と称される戦闘に加わった。この時、ソ連の赤軍の航空機相手に、何度もきわどい場面を演じたが、からくも生き残った。  そして一九三九年が終わる頃には、金本勇はすでにいっぱしの航空兵に成長していた。河内作治少佐や東條英機中将の思惑と裏腹に、数えきれないほどの戦闘に参加しながら、金本はその後もしぶとく生き残り続けた。  そして一九四四年――二十四歳になった金本勇曹長は、はじめて内地の飛行隊に転属となったのである。

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