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第8章① 一九四七年七月

「河内作治大佐はどんな人物でした? その性格や人柄、周囲の人間との関係など、彼と直接、接した上での印象でいいから、教えていただきたい」  アイダの口を通して質問された男は、ちらりとこの場を取り仕切る赤毛の人物――すなわちクリアウォーターの方を見やった。質問を受けた彼はすぐに答えず、考え込む表情でうつむいく。  岩手県岩手郡。岩手山を西に望むのどかな農村に、U機関の長ダニエル・クリアウォーター少佐と部下のリチャード・ヒロユキ・アイダ准尉は来ていた。東京からわざわざ約一日半かけて足を運んだのは、この地に住むある人物を訪ねて話を聞くためだった。  目当ての男は瀟洒な夏用の麻の背広を着て、二人の来訪を待っていた。年齢は五十前後といったところだろう。日ごろから肉体労働に携わっていることは、日焼けした肌や節くれだったいかにも力強そうな手から容易にうかがえる。しかし、質問に答える時の簡明な物言いには、彼が軍人であったころの名残を感じさせた。  矢口(やぐち)(かおる)は大日本帝国陸軍の元少将であり、日中戦争当時から航空畑を歩んできた人物であった。太平洋戦争がはじまるとニューギニア方面に出征したが、戦局の悪化してきた一九四三年に内地に呼び戻され、以降、航空総監部に勤めていた。  そして一九四四年十二月に教導飛行師団から第六航空軍に改組されたのと時を同じくして、その参謀長に就任する。つまり、矢口は殺害された河内作治の上官だった。  クリアウォーターの質問にしばらく沈思していた矢口は、やがて口を開いた。 「河内のことで覚えているのは、まずその身なりだ。非常に几帳面な男で、いついかなる時も軍服には糸くず一つついていなかったし、靴はきれいに磨かれていた。彼はひげを生やしていたが、聞いた話では毎朝、鏡の前でくしを入れて整えていたそうだ」 「洒落者(しゃれもの)だったと?」 「いいや。むしろ逆だな。酒も煙草もあまり(たし)まないし、私人としてはどちらかというとつまらない男だったと思う」  そう言った矢口は、ちょうど垣根の向こうから現れた少年に手を振った。少年は祖父に向かって虫かごを掲げて、「たくさんとれた」と言い残し、家の中に消えた。  矢口とクリアウォーター、そしてアイダは家の庭に面した縁側に座っていた。矢口は最初、座卓を置いた客間に二人を通したのだが、かしこまった雰囲気は尋問にプラスには働かないと判断したクリアウォーターが、「庭を眺めたい」と理由をつけて縁側に誘導したのだ。実際に岩手山の雄峰を望む景色は、中々見事なものだった。 「…私は酒も煙草も両方好きだが。孫のひとりがうるさいもので、最近は控え気味だ」 「家族は多いんですか?」 「私かい? そうだね。今、この家には私たち夫婦と息子夫婦、それから仙台空襲で焼け出された娘と孫たち、合わせて十人が暮らしている。にぎやかで、悪くないよ」  矢口はなごやかに言ったが、雑談を続けることなく、すぐに本題に戻った。 「…私が見るところ、河内作治という男は他人からどう見えるか、どう評価されているかを、ひどく気にしていたがある。先ほど、身なりのことを言ったが、あれもだらしない人間とみなされるのが我慢ならなかったからじゃないかと思う」 「己の面子(メンツ)や体面をかなり重んじる人間だったと?」 「そうだ」矢口はうなずいた。

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