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第8章②
矢口の言葉を聞いたクリアウォーターの頭に、河内に関するある事実が浮かんだ。
河内作治は祖父と父が共に軍人という家に生まれた。祖父や父と同じ道を選んだ彼は当然、将来を期待されただろうし――彼らと自分とを比べて、先人の顔に泥を塗るまいという思考が必要以上に働いていたとしてもおかしくない。
矢口はさらに続けた。
「河内は基本的には職務熱心な男だった。だが、その一方で自分の思い通りに事が運ばないと、途端に機嫌が悪くなり周囲に当たり散らすことが何度もあった。ーーたとえばある時、河内が取り仕切る仕事が、どうしても期日に間に合わなさそうな事態に陥った。私としては間に合わないと分かった時点で知らせてくれれば、小言のひとつで期日の延期を認めてよかったんだ。ところが、河内はそうせずに部下たちを脅しつけて何とか間に合わせようとした。結局、できなかったがね。期限当日になって私のところに来た彼は、自分の部下がいかに無能で職務怠慢であったか、延々と言い訳を並びたてた」
「自分の非を認めずに、責任転嫁したということですか?」
「その通り。似たようなことは、その後も続いた。……無論、どんな人間も自分に非があることを認めたくないものだ。けれども、河内はそれがあまりに露骨で、余計に目立った」
クリアウォーターは河内作治の人間像を頭に描いた。
面子や体面を大事にする人間にとって、己の失敗は存在してほしくないものだろう。しかし、失敗を極端に恐れ、認めない人間は、往々にして現実から目をそらし逃避に走るーー。
そして、それによって結局、自分の身を滅ぼすことになるのだ。
また、自分の思い描く理想と現実が違っていることを受け入れられないのも、同じ危険性をはらんでいる。
クリアウォーターがふとアイダに目をやると、彼はいつもの皮肉っぽい表情を赤毛の上司に向けた。
「河内という男はきっと、現場指揮官にはいちばん向いていないタイプですね。敵襲があっても、『そんなことは予定に入っていない』って言い出しそうだ」
部下の感想について、クリアウォーターは一理あると思った。
その後も、クリアウォーターは河内のこと、さらに第六航空軍の内情について、アイダの口を通して細かく質問した。
「河内個人に対し、私は特に思い入れはないが…残された家族については、いかにも気の毒だ。早く殺人犯が捕まれば、遺族も多少は胸のつかえも取れるだろう」
矢口はそう言って、知りうる限りのことを答えてくれた。
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