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第8章⑤

「瀬川さん。あなたは小脇が亡くなったあと、彼の奥方に宛てて香典を送りましたね」 「ええ。葬儀に参列すべきか迷って、結局見送ったんですが。せめて、霊前に供えてもらおうと思いまして」 「すでに、小脇の奥方にそのことで話を聞きました。彼女はあなたの名前を憶えていましたよ。生前の小脇とは、特に軍にいた頃、友人同士であったと言っていました」 「そうですか……確かに、そんな風に見えておかしくないと思います」  瀬川の返答は歯切れが悪く、妙な含みが感じられた。サンダースがそのことについて再度たずねると、瀬川はばつが悪そうに首を傾けた。 「おっしゃる通り、小脇とは士官学校時代からずっと付き合いが続いていました。一緒に飲みに行ったことも何度かあります。でも、それは私だけに限った話じゃありません。小脇は話好き…というより、だれかれかまわず自分の思うところを聞かせるのが好きな男で、陸士(陸軍士官学校のこと)にいた頃から、誰かをつかまえては自論を開陳していましたから」 「小脇は戦中、好戦的な発言を繰り返していたと聞いていますが、それは士官学校にいた頃から見られた傾向ですか?」 「ええ」  瀬川はうなずいた。 「『我が国は天然資源に乏しく、このままでは欧米列強の間で生き残れない。資源を手に入れるためには戦争もやむなし』なんてことを、よく言っていた記憶があります。小脇はとりわけ、ソ連と共産主義を目の敵にしていました。まあ…その頃は多かれ少なかれ、誰しもそういう考えを持っていたと思いますが」  瀬川の言葉を聞いたサンダースは、傍らにいる日系二世の軍曹を見やった。 「カトウ。瀬川の発言をどう思う?」 「おおむね、間違っていないと思います」カトウは答えた。  カトウはアメリカで生まれたが、幼い頃に母親に連れられて彼女の故郷である富山にやって来て、そこで幼少から少年時代を過ごした。その頃の記憶は、まだはっきりしている。というより、生まれた国(アメリカ)に戻った後、ふたつの国の社会を取り巻く空気があまりに異質すぎたため、余計に鮮明に覚えていた。  カトウが成長するにつれて、日本では「軍」や「戦争」の存在感が、確かに重く濃くなっていった。そして、そういう世間の風潮があったからこそ――小脇のような人物がもてはやされ、影響力を持つようになっていったのだろう。 「瀬川さん。あなたは小脇と比較的うまく付き合っていたようですが、逆に彼の言動をよく思わない者もいたんじゃないですか?」  サンダースの問いに、瀬川は「そりゃ、いたと思いますよ」と苦笑する。 「私だってたまに、小脇がしつこくて(けむ)たいと感じることがありましたから。彼の大言壮語(たいげんそうご)癖に、内心で眉をひそめる者もいたでしょう」 「では。小脇を嫌悪したり、恨んでいた者は?」 「……小脇を殺しそうな人物について訊いているんですか?」 「はい」  瀬川はこの問いをあらかじめ予期していたのだろう。 「――小脇が他人の恨みを買っていたのは確かなようです」  そう前置きして、二人に言った。 「去年の二月か三月頃のことだったと記憶しています。小脇の住まいに、陸軍の元航空兵たちが押しかけて来た、という話を人づてに聞いた覚えがあります」  それは警察の捜査やクリアウォーターの調査でも出てきていない、初めての話だった。

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