130 / 370
第8章⑤
「瀬川さん。あなたは小脇が亡くなったあと、彼の奥方に宛てて香典を送りましたね」
「ええ。葬儀に参列すべきか迷って、結局見送ったんですが。せめて、霊前に供えてもらおうと思いまして」
「すでに、小脇の奥方にそのことで話を聞きました。彼女はあなたの名前を憶えていましたよ。生前の小脇とは、特に軍にいた頃、友人同士であったと言っていました」
「そうですか……確かに、そんな風に見えておかしくないと思います」
瀬川の返答は歯切れが悪く、妙な含みが感じられた。サンダースがそのことについて再度たずねると、瀬川はばつが悪そうに首を傾けた。
「おっしゃる通り、小脇とは士官学校時代からずっと付き合いが続いていました。一緒に飲みに行ったことも何度かあります。でも、それは私だけに限った話じゃありません。小脇は話好き…というより、だれかれかまわず自分の思うところを聞かせるのが好きな男で、陸士(陸軍士官学校のこと)にいた頃から、誰かをつかまえては自論を開陳していましたから」
「小脇は戦中、好戦的な発言を繰り返していたと聞いていますが、それは士官学校にいた頃から見られた傾向ですか?」
「ええ」
瀬川はうなずいた。
「『我が国は天然資源に乏しく、このままでは欧米列強の間で生き残れない。資源を手に入れるためには戦争もやむなし』なんてことを、よく言っていた記憶があります。小脇はとりわけ、ソ連と共産主義を目の敵にしていました。まあ…その頃は多かれ少なかれ、誰しもそういう考えを持っていたと思いますが」
瀬川の言葉を聞いたサンダースは、傍らにいる日系二世の軍曹を見やった。
「カトウ。瀬川の発言をどう思う?」
「おおむね、間違っていないと思います」カトウは答えた。
カトウはアメリカで生まれたが、幼い頃に母親に連れられて彼女の故郷である富山にやって来て、そこで幼少から少年時代を過ごした。その頃の記憶は、まだはっきりしている。というより、生まれた国 に戻った後、ふたつの国の社会を取り巻く空気があまりに異質すぎたため、余計に鮮明に覚えていた。
カトウが成長するにつれて、日本では「軍」や「戦争」の存在感が、確かに重く濃くなっていった。そして、そういう世間の風潮があったからこそ――小脇のような人物がもてはやされ、影響力を持つようになっていったのだろう。
「瀬川さん。あなたは小脇と比較的うまく付き合っていたようですが、逆に彼の言動をよく思わない者もいたんじゃないですか?」
サンダースの問いに、瀬川は「そりゃ、いたと思いますよ」と苦笑する。
「私だってたまに、小脇がしつこくて煙 たいと感じることがありましたから。彼の大言壮語 癖に、内心で眉をひそめる者もいたでしょう」
「では。小脇を嫌悪したり、恨んでいた者は?」
「……小脇を殺しそうな人物について訊いているんですか?」
「はい」
瀬川はこの問いをあらかじめ予期していたのだろう。
「――小脇が他人の恨みを買っていたのは確かなようです」
そう前置きして、二人に言った。
「去年の二月か三月頃のことだったと記憶しています。小脇の住まいに、陸軍の元航空兵たちが押しかけて来た、という話を人づてに聞いた覚えがあります」
それは警察の捜査やクリアウォーターの調査でも出てきていない、初めての話だった。
ともだちにシェアしよう!