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第8章⑥
「小脇の奥方や栃木にある実家に聞けば、確かめられると思います」
瀬川は言った。
「その頃、彼はまだ実家の方にいたはずですから。私が耳にした話では、やって来たのは特攻隊の生存者だったということです」
瀬川の証言を聞くサンダースの頭に、先日、クリアウォーターと交わした会話がよぎる。
特攻隊ーーすなわち神風特別攻撃隊――『カミカゼ』だ。
速断は禁物と自制しつつも、知らず知らずの内にサンダースの口調に熱がこもった。
「小脇は特攻兵たちの恨みを買っていたんですか? それはまた、なぜ?」
「申し訳ありません。そのあたりの詳しい事情は私も知らないんです。ただ小脇は元々、大本営の報道部にいて、そこから航空に移った後も同じような仕事をしていたと、本人から聞いた覚えがあります」
「仕事とは、具体的にどういうもので?」
「講演と、それから新聞に掲載する記事のネタの提供。これは本人の言なので割り引いて考える必要があると思いますが、大手の新聞が掲載していた陸軍関係の記事の三割くらいに、自分が一枚、二枚は噛んでいるなんて、豪語していました」
「小脇は『カミカゼ』――いわゆる航空機による体当たり攻撃には、どんな立場を取っていたんですか? 賛同していたか、それとも…」
「もちろん賛成派でしたよ。むしろ、特攻こそ鬼畜米英 との戦争に勝利する起死回生の手段だなんて言っていて――」
瀬川はそこで失言に気づき、はっと口を閉ざす。
敵国であったアメリカとイギリスを「鬼畜」と形容できたのは、すでに過去の話だ。
「…アメリカとイギリスを相手どった戦争、ですね。そう伝えます」
カトウが落ち着いて提案すると、瀬川は恐縮したように「お願いします」と言った。
特攻兵について、カトウが知っていることは多くない。戦争の末期に、日本軍が実施した捨て身の体当たり戦法であり、その参加者は志願によって募られた、というくらいだ。
特攻に賛同していた小脇が、どういう経緯でかつて特攻兵だった者たちの恨みを買ったのか、カトウには見当もつかない。サンダースを見やったが、こちらも同じようだった。
ただ直感的にーー今聞いたことは、必ずクリアウォーターに報告すべきだと思った。
瀬川は少し疲れてきたらしい。自分の分の麦茶を飲み、「ふう」と一息つく。その後で、ふと、何かを思い出す表情になった。
「…小脇がどんな恨みを買って殺されたかは分かりません。ですが、少なくとも戦争に敗れる前に、正面切って彼を批判した人間はほとんどいませんでした。小脇は陸軍のあちこちに顔が利いて、影響力を持っていると思われていましたから。ただ一度だけ、私は小脇が強烈に非難される場に居合わせたことがあります」
「それはいつ頃のことで?」
「昭和十九年十二月です」
瀬川がその時期を覚えていたのは、ちょうどB29が帝都に来襲して一ヶ月となる時期だったからだという。
「私はある会議の場に参加していたのですが。そこに小脇も来ていて、例のごとく威勢のいい発言をしていました。すると、それを聞いていた参加者のひとりが急に立ち上がって、小脇を罵倒し始めたんです。今、思い出しても冷や汗がでますよ。小脇も彼を罵っていた男も、ものすごい剣幕でしたから」
「それはどんな目的で招集された会議だったんですか?」
問われた瀬川は最初、言いよどんだ。カトウにうながされ、ようやく事情を明かした。
「……あなたたちアメリカの方にとっては、気持ちのいい話ではないでしょうが。その会議は、帝都に来るB29を何とか撃墜せんと、その方策を話し合うためのものでした。上は大本営から、下は各飛行場の現場指揮官まで、かなりの人数が集まっていたのを覚えています」
「小脇を罵った人間が誰だったか、覚えていますか?」
「残念ながら、名前は失念しました。ただ、関東のどこかの飛行場の飛行隊に所属していたことは確かです」
「階級は?」
「大尉だったはずです。彼は小脇との応酬の途中で退席を命じられたのですが、その時に誰かが彼を『大尉ふぜいが』と呼んでいたのを覚えがありますから」
「その人物は、どうして小脇を非難したんでしょうか?」
「細かいところまでは覚えていませんが。どうも、その男は特攻に対して批判的な見方をしていたようです。まあ、そうは言っても、大勢の前であんな風に人を罵るのは、やはりやり方がよくなかったと思いますよ。小脇はその男のことで、ずいぶん怒った様子でしたから」
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