134 / 370
第8章⑨
夕方、カトウはアイダと一緒にクリアウォーターに呼び出された。三階に行くと、そこにはすでにサンダースが待機している。全員そろったところで、クリアウォーターは今後の尋問予定者の一覧をテーブルの上に置いた。
「来週の月曜日に、参謀第二部 のW将軍に調査の進捗状況を報告する予定だ。残された時間を考慮して、尋問対象者は都内と、それから日帰りできる距離に居住している人間に的を絞ろうと思う」
ニイガタとササキは丁寧な仕事をしてくれた。一覧の紙には尋問対象者の氏名、軍にいた時の最終的な階級、現住所、それに年齢と分かる範囲での家族構成が、英語と日本語で表記されていた。
それに基づき、クリアウォーターは部下たちにてきぱきと仕事を割り振っていく。カトウは木曜日にサンダースと、そして土曜日にクリアウォーターとペアになって、尋問に当たることになった。週末は休日返上で働くが、月曜日には休める予定だ。
ミーティングは三十分程度で終わったが、すでに退勤時間を過ぎていたこともあって、カトウが二階に戻って来た時にはササキとニイガタはすでに帰ったあとだった。
「寮にもどるか、カトウ?」
アイダに呼びかけられ、カトウはまとめていた荷物から顔を上げる。
「あ…いえ。寄るところがありますので」
「了解。じゃ、俺は先に出るから、最後に部屋の施錠だけよろしくな」
すでに帰り支度をととのえたアイダはカトウを残し、さっさと部屋から出て行った。いつものことで、カトウがどこに寄るかについて詮索はしない。
ーー……まあ多分、お見通しだろうが。
カトウは久しぶりに、クリアウォーターの邸で夕食をともにする約束をしていた。曙 ビルヂングに戻る方向とは逆なので寮には寄らず直接、クリアウォーターと向かうつもりだった。
そのカトウがカバン片手にホールに向かうために一階に降りた時だ。
ちょうどある部屋のドアが開いて、巻き毛の頭がぴょこんと飛び出した。
「あっ……」
フェルミがカトウに気づく。そして、おもむろにカトウを手招きした。
フェルミの仕事部屋は、あいかわらず混沌として状態だった。
落ちて乾いた絵の具で床や家具のあちこちが彩られ、いろんな顔料やニスの臭いが混然一体となっている。描き上げられた油絵や、習作らしいスケッチが並べられた部屋の中央に、彼が今取り組んでいる作品がイーゼルに立てかけてあった。
「……不思議な絵だな」
最初に見た時のカトウの感想がそれだった。キャンバスには、ダンスホールらしい場所で踊る二人の男女が描かれていた。男の方はアメリカ陸軍の軍服を着ているが、背中をこちらに向けているため、顔は分からない。また照明の陰に立っているので、髪の色や肌の色もはっきりしない。それに比べ、日本人の女性の方はずっと鮮明だ。男の方に笑みをふりまき、赤いドレスのすそを翻して、軽やかにステップを踏んでいる。
ライトに照らされたその愛くるしい顔に、カトウは知り合いの面影を見出だした。
ともだちにシェアしよう!