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第8章⑪

 邸に向かう道中も、その後の夕食の席でも、クリアウォーターとカトウはたわいのない会話を重ねた。普段はそうやって、穏やかな時間が過ぎていく。しかし今日は珍しく、それが長く続かない。夕食を食べ終えて小図書室に移る頃、二人は目くばせしあって、日ごろの慣例を破ることにした。   自分たちが調べる事件のことを、話題にしたのである。 「――小脇の元へ押しかけた航空兵たちだが。探し出すのは中々、難航しそうだ」  小図書室は天井まで届きそうな二つの備えつけの本棚があり、そのそばに古い蓄音機が置かれている。クリアウォーターは一人の夜は肘掛け椅子に座って、ここでよく音楽を聴いたり、読書を楽しんだりする。  今、蓄音機からは情感豊かな女性の歌声が流れていた。それに耳を傾ける赤毛の少佐の前にはウィスキーのトワイスアップ(ウィスキーを常温の水で割ったもの)が、カトウの前には紅茶のカップがあった。 「小脇の遺族は元々、航空兵たちの一件について、あまり触れて欲しくないようだった。警察が改めて尋問して、ようやく認めたくらいだから」  小脇の妻が明かしたところでは、小脇の実家に現れた元航空兵たちは、航空服姿でやって来たという。彼女が覚えている限りでは、その人数は四人だった。  そして彼らが来た時、小脇はたまたま用事で留守であった。航空兵たちは小脇の帰宅を待つことにしたが、妻はひそかに人を走らせ、夫に事の次第を伝えた。  結果その日、小脇が家に戻って来ることはついになかった。  しびれを切らした一行は、夕暮れ時に帰って行ったが、その内の一人が去り際に「必ずまた来る」と言い残していったという。小脇はその話を聞いて、どうにも身の危険を感じたようだ。妻と共に西多摩にある彼女の実家へ身を寄せることを決めたのは、それからほどないことだった……。 「……吉沢刑事、たいそうご立腹でしたね」  瀬川倉吉から得た情報と引き替えに、クリアウォーターは小脇殺害事件を担当する警視庁の刑事から、遺族への尋問結果を教えてもらった。吉沢は重要な情報を隠していた小脇の身内にひどく怒っていた。もっとも怒りの半分くらいは、占領軍の少佐に出し抜かれたことが原因だったかもしれないが……。  ともあれ、吉沢はこの元兵士たちの存在を非常に重視した。小脇ともめていたらしいことを考えれば、その内の一人あるいは二人以上が、引っ越し先を突き止めて凶行に及んだ――そう想像するのも、ある程度理屈は通っていた。 「小脇と河内を殺害したのは、その航空兵たちでしょうか?」 「可能性はある。けれども、実際のところどうだったかは、彼らを探し出してみないと分からないな」  クリアウォーターはグラスを傾ける。ウィスキーの馥郁とした香りが鼻腔を満たす。 「…航空服姿だったということを考えると。小脇のもとを訪れたのは、『特攻くずれ』たちだったのかもしれない」  その言葉に、カトウが軽く首をかしげる。その姿を見たクリアウォーターは、さりげなく補足してくれた。 「君が日本に来るより前、終戦直後の頃だ。街を航空服姿でうろつく元特攻兵が、この東京だけで何十人といたんだ。彼らは生きて敗戦をむかえたんだが、死をまぬかれた反動からか、騒ぎを起こしたり、反社会的な振る舞いをする者があとを絶たなかった。一時は強盗など犯罪行為で逮捕される者もいて、社会問題にさえなっていたんだ」

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