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第8章⑫
クリアウォーターの声に耳を傾けながら、カトウは恋人の手にある琥珀色の酒を眺める。アルコールはカトウにとって鬼門もいいところだが、見るだけなら害はない。それにウィスキーの深みのある色は、けっこう好きだった。
聞き終えたカトウは、赤毛の恋人に向かってぽつりと言った。
「俺にはその『特攻くずれ』たちの気持ちが、少し分かる気がします」
「…続けて」
クリアウォーターにうながされ、カトウは語り出す。
「俺は戦時中、イタリアとフランスでドイツ軍と戦っていました。ドイツが降伏するその日まで、自分はどこかの戦場で死ぬんだとずっと思っていましたーー」
それを自分に訪れる運命として、受け入れていた。
戦友だったハリー・トオル・ミナモリを失ってからは――。
「だけど、その思いに反して生き残った。戦後、俺はアメリカに戻ることができたんですが、そのあと……」
一度言いよどんだが、カトウは意を決して告白した。
「大麻 にはまって、まともな生活が送れなくなった時期があったんです」
カトウはクリアウォーターを見上げる。赤毛の恋人の顔には驚きも軽蔑もなく、ただ少しだけ、痛ましげな色が浮かんでいた。それに勇気づけられ、カトウは再び口を開いた。
「戦争の間は、曲がりなりにも『勝つ』という目的のために戦えた。でも戦争が終わって、以前の生活に放りだされた後――自分が生き続ける意味が分からなくなった。しまいに生きていることすら苦しくなって、大麻に逃げこんだんです。そこから抜け出すことができたのは、ある男のおかげです。元上官だった彼は、腐れきった生活から俺を引きずり出してくれた。そうでなければ、今ごろどうなっていたか――」
本当にジョー・S・ギル大尉には感謝してもしきれない。そういえば、あの歩く火薬庫のような大尉は今ごろどうしているだろう? ……まあ、人間として――否、生物として最強の部類に入る男なので、カトウの気づかいなど無用だろうが。
「――話を聞いていると、その元特攻兵たちも同じなのかもしれないと感じたんです。死ぬ覚悟を決めていたのに、生き残った。同じ運命を背負っていた仲間たちが死んでしまったのに、自分はどうして生きているんだと罪悪感を感じながら、中々、生きる道を見つけ出せない。そんな状態にあれば、酒におぼれて周囲に当たり散らしたり、俺のように薬物に逃げる人間がいてもおかしくないと思います」
カトウは話し終えると、すっかりぬるくなった紅茶を飲み干した。カップを置いたあと、大きな手によって抱き寄せられるのを感じる。
見上げると、クリアウォーターの緑の目とほんの十数センチのところで視線が合った。
「…今の君は、生きる道を見つけられたのかい」
その問いに、カトウはゆるぎない確信を持って答える。
「はい」
それから恋人の唇に自分の唇を重ねた。
クリアウォーターの身体が覆いかぶさって来る。互いの口を吸い合い、舌をからめる内にカトウは酩酊した人間のように身体がフワフワしてきた。クリアウォーターの口中に残っていたウィスキーの残滓のせいか、それとも急激に高まる欲情のせいか。もう、どちらでもかわまない。身体中から上がる叫びを、カトウはそのまま切羽詰まった言葉にする。
「抱いて……今すぐ」
それを拒むいかなる理由も、クリアウォーターの側にはなかった。
…レコードが回り続け、哀切のこもった歌を響かせる。
別離を予期し、それを嘆く歌詞に、カトウの口から洩れる切ない声がかぶさる。
やがて、それは混然一体となって夜の涼気に溶けていった。
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