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第8章⑮

 アイダが答えるまで少し、間があった。 「…たぶん、生理的に気に食わないんでしょうね。いい年した男が、くどくど泣き言を並べるのが。俺の父親がちょうどあんな感じで――思い出して、つい腹が立ったのがひとつ」  アイダは自分の家族について、あまり語ることがない。彼の父親についても、ミズーリ州で写真店を営んでいるという話を一度、聞いたきりだ。話題に出さぬこと自体、アイダが父親と疎遠となっていることを暗に示していた。 「ほかには?」クリアウォーターは尋ねる。 「矢口は自決を断念したことをあなたには話さず、俺にだけ打ち明けた。その理由は?――簡単だ。日本人の親を持つ日系二世(ニセイ)なら、自分の抱える葛藤(かっとう)やら、忸怩(じくじ)たる思いとやらをきっと理解してもらえると、そんな風に思ったんでしょう。まったく、身勝手なことだ」  話すアイダの表情は、いつにもまして辛辣だった。 「アメリカに暮らす日系人はいつだって、この国(日本)の指導者たちに都合のいいように扱われてきた。日本の海軍が真珠湾を攻撃した時、ハワイに住む十数万の日系一世と二世の存在は完全に無視された。アメリカ政府が本土にいる日系人を収容所送りにすると、今度はそれをアメリカを非難する格好の材料に使った。そして戦争に敗れた今――俺たち日系二世(ニセイ)は日本とアメリカの間の架け橋だと、ぬけぬけともち上げて(こび)を売って来る。何とも虫のいい話じゃないですか」  普段、アイダの振る舞いは飄々としたものだ。時に皮肉を口にするが、あくまでも余裕をくずさない。こんな風にトゲや毒を露わにするーーある意味、本音をそのまま口にする機会はそうない。さらに言えば、そうした感情を包み隠さず見せる相手もごく限られている。そのことに、クリアウォーターはある時点で気づいていた。  信頼の証というと大げさだし、少し違う気がするが――少なくとも、グチを言ってもらえるのは気を許しているからと、思ってもいいだろう。 「『忘却』はどうも、日本人の得意技のように思えます。日系人でさえ、過去のことはもう水に流そうっていう、気のいいお人よしが少なくないが……」  俺は決して忘れない――とアイダは言った。 「日本がアメリカと開戦したその時に、アメリカの日系人たちは日本の政府から見捨てられ、切り捨てられた。…こんなことを言って何ですが、俺は別にうらんでいるわけじゃない。ただ、自分らの都合で一方的に勘当(かんどう)した子どもに対して、謝罪のひとつもせずに、今さら親の面を見せて同情を求めるような真似はよしてくれって、言いたいだけです」  語り終えたアイダは、軽く息をはく。そして、ほどなく唇をつり上げた。 「ーー吐き出したら、すっきりしましたよ」  口元に浮かんだ皮肉っぽい笑みは、クリアウォーターが見慣れたものだった。  赤毛の少佐も、微笑して答えた。 「どういたしまして」

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