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第8章⑯
……戦争の始まりも、そしてその終焉も、それに関わらざるを得なかった人間たちの運命を大きく揺り動かした。
U機関に集うクリアウォーターの部下たちに限っても、仮に日本とアメリカが開戦していなければ、今とまったく違う場所で異なる人生を歩んでいたはずだ。
サンダースは会計士として、ニイガタは電気技師として、それぞれ東海岸と西海岸のどこかの街で働いていただろう。ヤコブソンは徴兵されずにアーカンソー州の故郷にいただろうし、ササキもハワイのオアフ島で家族と暮らしていたはずだ。
アイダが味方の踏んだ地雷によって片足に不自由を抱えることも、フェルミが迫撃砲の至近弾を受けて顔の半面を焼かれることもなかった。
ニッカーは今も生きていて、アメリカのどこかでトラックを走らせながら、人生を存分に謳歌していたに違いない。
クリアウォーターは寝室で眠る黒髪の恋人のことを想う。日米が開戦した当時、まだ未成年だったカトウはその後、暴力的な父親から逃れるために収容所からアメリカ陸軍への入隊を志願した。もし、それがなければクリアウォーターが彼に巡り合うことも、今のような結びつきを得ることもなかっただろう……。
ごく限られた範囲の人間に限っても、これほど人生に激しい変化があった。それが、世界中のあちこちで何千万、何億という人間の上に起こったのだと想像すると、その途方のなさにクリアウォーターもしばし嘆息するほかない。
そこで、不意にある考えが赤毛の少佐の脳裏にはじける。
小脇と河内を殺した人物もまた、人生の激変を経験し――はからずも暗い闇に落ち込んだまま、そこから抜け出すことができなくなったのではないか。そして、鋭敏な思考力と不屈の行動力を保ちながらも、精神は荒廃し、復讐心の命じるまま殺人を重ねるようになった――。
そうだとすれば――その引き金は一体、何だったのか?
小脇順右と河内作治は一体、殺人者となった人物に何をしたというのだろうか?
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