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第9章②
「…各方面の諸兄の心配は一々もっともと、この小脇 も思う」
軍服の男――大本営報道部の小脇順右 少佐は、講談師さながらの口上で記者たちに向かって言い放つ。それからやや垂れた両眼で座を眺めわたした。奇妙なもので、小脇の芝居がかった仕草や大仰な物言い、また強引な態度を苦々しく感じる者がいたとしても、いざ彼が口火を切ると、まるで魔術にかかったように小脇の語りに引き込まれていく。その作用は磁力にも似ていた。もし生まれる時代と場所が違っていれば、民衆を扇動する革命家として、あるいは信者を次々と獲得していく有能な伝道師として名をはせたかもしれない。
弁舌家としての才能を、小脇順右は確かに有していた。
記者たちの目が自分にそそがれていることを確認した上で、小脇は再び語り出す。
「帝都八百万の民衆の失望や不安の声は、陸軍にも届いている。そういう声が上がること自体、我ら軍人の不徳の致すところである。しかし、だ。すでに陸軍はアジア解放を阻 まんとする白人至上主義の米軍に対し、起死回生の戦法を編み出した。それをもって、この難局を乗り切らんと一致団結して事に当たっている」
小脇はたたみかけるように言う。
「すでに周知であろう! 本年十月二十五日、フィリピン沖海戦にて、海軍は神風特別攻撃隊 を編成し、体当たり攻撃を敢行した。航空機一機により敵艦一隻を屠 らんと突撃を行った結果、米軍空母を一隻轟沈させ、また空母二隻を大破させた。さらに三十日には、同じく空母二隻に大火災を引き起こさせた。陸軍軍人として、海軍に先を越されたのはまことに切歯扼腕 する事態であるが、はからずもこの特別攻撃が、米軍に対し大有効であると証明された。…これはまだ、ここだけの話にとどめていただきたいが、陸軍では海軍の後塵を拝したものの、それを超える戦果を挙げんと、内地および朝鮮、台湾の航空隊から志願を募り大々的に特別攻撃隊を編成中である。いくつかの隊は、早くもフィリピンへ向けて飛び立っている。その戦果は近日中に、ここにいる諸兄の耳にも届くだろう。さらに――!!」
小脇の激しい語調は、いまや叫ばんばかりだった。
「この帝都においても特別攻撃隊は編成される。米軍に一矢報い、日本男児の意地を見せんという勇ましい若鷲であふれかえっている! その勇敢な若者たちの内より、選ばれた者たちがB29を撃墜し、不遜なる鬼畜米英の野心をくじいてくれることを約束しよう!!」
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同日の夕刻。調布飛行場のとあるピスト(搭乗員控所)では、小脇の言う「勇ましい若鷲」に含まれるであろう十九歳から二十四歳の男たちが、今朝、配られたのとまったく同じ用紙と封筒を前に、二の句がつげない態 で立ち尽くしていた。
「戦隊長どのから、再度の調査をしろとのことだ」
『はなどり隊』隊長の黒木栄也大尉が言ったのは、それだけだった。なぜ二度目の特別攻撃隊への志願調査がなされるのか、一切説明はない。誰もがそれを聞きたかったが、不機嫌を通り越して殺気めいたいらだちを漂わせている隊長に、あえて尋ねる者はいなかった。
「明日の起床後に回収する。以上だ」
言い終えると、黒木はピストから出ていった。戸が閉まる音がしたあと、その場に水を打ったような沈黙が落ちる。搭乗員たちは、お互いに顔を見合わせるばかりだ。そんな中、
「…大尉どのと話をしてくる」
根を生やしたように動かない男たちをかきわけ、金本は黒木の後を追った。
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