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第9章③
外はすでに日が落ちて暗くなっていた。月明りもなく、懐中電灯がなければ数メートル先の状況も判然としない。金本は首をめぐらし、黒木の気配を探った。この暗さだ。まだ遠くへは行っていないはずだ。
案の定、金本が勘をたよりに歩き出すと、すぐに見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「大尉どの!」
砂利を強く踏む音とともに、黒木がこちらを振り返る。暗闇の中で、黒木の小ぶりで形のよい顔はその輪郭線さえはっきりしない。にもかかわらず、発せられる怒気だけはしっかり伝わってきた。
「…何しに来た?」
「聞きたいことがあります」
殴られる覚悟で金本は黒木のすぐ前に立った。
「戦隊長どのはどうして、もう一度、志願の調査を命じられたのですか? なぜ……」
ーー『熱望』に丸をつけて出したはずの自分が、選ばれなかったのか。
金本がそれを言葉にするより先に、
「貴様が特別攻撃隊に選ばれることはない」
冷たい声が、金本の頬を打った。
「どんなバカげた考えにとりつかれたか知らないが。貴様がどれだけ望もうとも、選ばれることはない。そうなるとしても、一番最後だ」
それを聞いた金本は、呆然となった。自分は選ばれなかった。なぜそうなったのか、理由はさっぱり分からなかった。
だが、他の搭乗員たちが黒木にならって「希望せず」に丸をつけたのは明らかだ。だからこそ、二度目の「志願」の調査を行うことになったのだ。改めて、生贄 を選び出すために――。
その時、金本をある考えがとらえた。
「…俺を外したのは、あなたの考えか?」
「は?」
「……」
金本は口にできなかった。
黒木は自分に好意を持っていた。だから、特攻から外したのではないか、とーー。
黙り込む金本を、黒木は不審げに見つめる。だが、すぐに頬をひきつらせた。
金本が言いたくても言えないことに、彼も気づいたのだ。
「何を勘違いしている!! うぬぼれんなよ、この……!」
黒木が金本につめより、その胸ぐらをつかむ。
「俺がそんな気を回す必要が、どこにある? お前のことなんか、最初から……お前なんかに――……!!」
殴られると思って、金本は身構えた。だが、黒木は力を込めたまま急に動きを止める。
そのまま数秒、奇妙な静止状態が続いたあと、思わぬことが起こった。
黒木が金本の胸元をつかんだまま、そこに顔をうずめた。
「ーーどうにも、ならないんだ…」
絞り出された言葉は――そう信じることが許されるなら――黒木が初めて見せた弱音だった。
「俺が決めたことじゃない。俺が決められることなら、そもそもこんな茶番を許しはしない。お前もふくめて……誰も選びやしない」
言い終えるや、黒木は金本を突き放した。そのまま、足早に立ち去る。
暗闇に溶けていく背中を、金本はただ見送ることしかできなかった。
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