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第9章⑥
B29が初めて帝都に姿を現した、その日よりもさらに重苦しい空気が、「はなどり隊」のピストの中にたちこめていた。
「いくらなんでも。あれはないよなぁ……」
壁にもたれかかって、力ない声で嘆じたのは米田一郎 伍長だ。
「無茶苦茶すぎるよ。志願なんて結局、体裁だけで、本当のところは強制じゃないか…」
さらに米田はぶつぶつ何ごとかつぶやく。声が小さすぎて、離れたところに座る金本には何を言っているか判然としない。すぐに、いらだった別の声がした。
「いいかげんにしろよ」
発言者は米田のそばに座る東智 伍長だった。二人は少飛の同期で、たいてい一緒にいるから仲は悪くないはずだ。だが、まだ少年っぽさが残る東の顔は今、苦々しくゆがんでいた。
「くどくど、くどくど泣き言ばかり。なさけない。貴様、それでも帝国軍人か?」
この言葉には、さすがの米田もむっとしたようだ。
「なんだよ。少し愚痴を言うくらい……」
「貴様のは、少しじゃない。それに聞くに堪えん。この臆病者が」
「…! 俺は臆病じゃない」
「いいや、臆病だ。米軍相手にさんざん、いいように振り回されて。悔しいと思う気持ちはないのか? あったら、そんな女こどもみたいに――」
「うるさい!」
米田が東につっかかる。二人とも精神的圧力にさらされて、はけ口を求めていたのだろう。あっという間に、つかみ合いのけんかになった。
「――ちっ、やめろ!」
黒木が制止するより先に、すでに金本は動いていた。東の後ろに回り込んで、振りかぶった腕ごと彼をはがいじめにする。その対面では、工藤が米田の両肩をつかんで落ち着かせにかかっている。
その騒動の最中だった。ピストのスピーカーが震え、キーンという音が響いた。
「ただ今から名前を読み上げる者は、直ちに戦隊本部に集合せよ。くりかえす。ただ今から名前を読み上げる者は、直ちに戦隊本部に集合せよーー」
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