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第9章⑦
ピスト内にいた全員の動きが止まった。誰もが自然と、スピーカーのある方へ頭を向ける。
よりにもよって、自分たちの隊名が真っ先に呼ばれた。
「はなどり隊――工藤 克吉 少尉」
金本ははっとして、米田 と東 の仲裁に入った男を見た。名前を呼ばれた工藤は表情をこおりつかせ、息をすることすら一時的に忘れてしまったように見えた。
四名の搭乗員の名は、二度くりかえして呼ばれた。はなどり隊から選ばれたのは工藤ひとりだけだった。
放送が終わり、ピストに静寂がもどったあとも誰も動こうとしない。そんな中、工藤は米田の肩からゆっくり手をおろした。そのまま黒木の前まで行って告げる。
「…呼ばれたので、行ってきます」
その声は大きくはなかったが、しっかりしていつもと変わらないように聞こえた。だが、戸を開けようとした時、工藤の手がかすかにふるえたことに金本は気づいた。
出て行った工藤は、夕食時になるまでピストに戻ってこなかった。
……特別攻撃隊の一員に選ばれた工藤は、以前と変わらない様子で日々を過ごそうと努めているようだった。B29の次の襲来を待ち、訓練を行う間の空き時間に、今村と将棋を指す。ほかの搭乗員とストーブを囲んで雑談に興じる。「はなどり隊」の搭乗員たちも最初はどう接したものか迷っていたが、工藤の淡々とした態度に接する内に、それに合わせることに決めたようだ。
そして肝心のB29はといえば、三度目の空襲以来、パタリと姿を見せなくなっていた。
今日来るだろう、今日でなければ明日来るはずだと待つ内に、あっという間に一週間が経過する。その間、滑走路の近くにある掩体壕の前で、ひとりで何かを考え込む工藤の姿を、金本は何度も見かけた。カモフラージュで覆われた壕内には、特別攻撃隊のために用意された一式戦闘機、「隼 」が飛び立つのを待っていた。
「金本曹長は以前、『隼』に実戦で乗っていた時期があると話していたな」
調布飛行場に、フィリピンへ向かう別の特別攻撃隊が到着した日のことだった。
滑走路近くで「隼」を眺めていた金本に、工藤が話しかけてきた。
「実際に戦ってみて、『飛燕 』とどんな違いがあった? 俺も明野の飛行学校で『隼』を履修はしたんだが、調布に来て以来ずっと乗ってきたのは『飛燕』だったから、あまり勘がつかめていなくて…」
聞かれた金本は、少し考えて答えた。
「乗りこなすという点なら、『飛燕』に比べて『隼』の方が楽だ。機体そのものが『飛燕』より小型で軽いし、クセも少ない。ただ性能全般で言えば、やはり後発の『飛燕』の方が上だ。特に、敵機に食いつかれた時、『飛燕』の時の感覚で操縦していたら、墜とされてしまうと思う」
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