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第9章⑧

 整備を受け、給油トラックから燃料を補給される『隼』を、金本は見やる。上層部があえて旧式の戦闘機を特攻機に選んだのは、なぜだろうか――金本が思うに、やはりその扱いやすさだろう。それから稼働率だ。他機に比べてエンジンの不具合が多く発生する『飛燕』は、そういう意味で不向きと言えた。 ――あとは……。  金本はまだ思いついたことがあったが、それを口にするのはためらわれた。  その時、工藤がつぶやいた。 「……戦うのではなく、米軍の艦船やB29にぶつけだけなら。旧式で性能が劣る戦闘機でも問題ないと、上は判断したのかもしれないな」  その言葉に金本はギクリとした。  工藤の手前、口に出せなかったが、それはまさに金本も考えていたことだった。  どのみち体当たりによって使用不能となるのなら、すでに時代遅れとなりつつある航空機が、ちょうどよいのではないかーー上層部は、そのように考えたのではないかと。  工藤はさらに言った。 「そして、ぶつけるだけなら。俺のように経験が浅く、十分な技量を持っていない搭乗員を、使い捨てればいいと考えたのかもな」  金本は絶句した。思わず工藤の顔を凝視する。ごつごつした横顔には、今まで見たことがない暗い影が落ちていた。  機体を使い捨てるというところまでは、金本にも想定できた。だが、特別攻撃隊を大々的に推し進めようとしている者たちが、搭乗員までもそのように扱おうとしているとは、想像の外だった。正直、そういう考え方をするほど追い込まれているとは思いたくなかった。  しかし、そう考えれば()に落ちることがあった。  特別攻撃隊への志願を調査した際、二度も『熱望』と書いて出した金本が選ばれなかった理由だ。今はもう貴重な「中堅」の搭乗員を、今後さらに苛烈となっていく戦いのために温存しておこうと考えたのなら――説明がつく。 「…さきほど俺が言ったことは、ほかの連中には黙っておいてくれ」  工藤はぎこちなく金本に言った。 「俺の勝手な想像に過ぎないし。それに、不安にさせるだけだから」  工藤と別れた後、金本はすぐにピストに戻らなかった。工藤の話を聞いた今、「はなどり隊」の搭乗員たちとすぐに顔を合わせたくなかった。  一時のこととはいえ、自分だけが安全地帯に身を置いている。特別扱いされている――それをありがたいと、まったく思えなかった。  いつものように自分の飛燕のそばまで行くと、ちょうど整備員の中山がいた。中山だけではない。飛燕のそばにはなぜか、黒木まで立っていた。  特別攻撃隊に工藤が選ばれて以来、いちばん人が変わったのは、黒木だったかもしれない。元々、親しみやすいとは言いがたい性格だが、ここ最近は笑ったり冗談を言ったりすることがほとんどなくなった。口を真一文字に引き結んで立つ姿は、なまじ顔が整っているだけに、よけいに鬼神めいた雰囲気を漂わせていた。  黒木は当然のように、金本に対しても冷ややかな態度を保っていた。二度目の調査が行われた夜、見せた弱音がうそのようだ。今となっては、あれは幻か何かだったのではないかと感じられた。 「話がある」  黒木は低くかすれた声で言った。金本に向けた瞳に、暗い情熱が暗赤色の炎となってちらついている。それはまるで、地獄の最下層を焼く業火を思わせた。  金本は思わず気圧された。黒木がどんな話を持って来たのか、分からない。  だが、かえすべき返事はひとつしかなかった。 「―-うかがいます」  そして中山とともにその場に腰を下ろして、黒木の話に聞き入った……。

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