152 / 370

第9章⑨

 ―ーマリアナ諸島・サイパン島。アイズリー飛行場ーー  日米開戦後、「アスリート」と命名された飛行場は、アメリカ軍によって占領された後、急ピッチで拡張工事が行われた。アメリカ陸軍に管轄が移った現在、滑走路の駐機場は見渡す限り「超空の要塞(スーパー・フォレスト)」――大型戦略爆撃機B29で埋め尽くされている。何十機もの爆撃機が陽光を反射させ出撃を待つ光景は、どこかSFじみて非現実的でさえあった。  ヴィンセント・E・グラハム少佐は、目の前の景色に思わずため息をもらした。アメリカ陸軍のパイロットとして長く奉職してきたグラハムをもってしても、最新鋭の爆撃機がこれほどの数、(そろ)うところを見るのは初めての経験だ。しかも聞くところでは、さらに追加のB29が配備される予定だと言う。それに合わせ、島の西側では新しい飛行場を建設中とのことで、重機やトラックが飛行場脇の道路を砂埃を上げせわしなく往来していた。  グラハム少佐はパイロットであるが、今日ここに来たのは出撃のためではない。これから出撃する人間と、彼が乗る機を見送るためだ。目指す機体を探しだすために、グラハムは整備員に機体番号を告げて、停まっているおよその場所を教えてもらった。だが、右を向いても左を向いても並んでいるのは銀色に輝くB29ばかりである。短時間で探し出せる自信は、とうの昔になくしていた。  結局、機体番号よりも目印になったのは、胴体前方に描かれたイラストだった。  半裸の金髪女や漫画タッチで描かれた猫の間に、グラハムはを見つけた。  機体の前方に描かれているのは黒服を着て、首にロザリオをかけた男。その顔はおどろおどろしい骸骨である。アメリカ本土と前線で今、大人気のコミック「ブラック・トルネード」に登場する怪人のひとり「骸骨(スケルトン・)神父(ファーザー)」だ。機体に近づいていくと、そばでちょうど何人かの搭乗員が輪になって談笑していた。  その内のひとりがグラハムに気づき、彼の方にやって来た。 「しばらくぶりです。グラハム少佐」  うやうやしく敬礼する相手に、グラハムも返礼する。 「そちらこそ、壮健でなによりだ。グラハム軍曹」  二人は互いを見やり、それからほぼ同時に表情をくずした。 「本当に、来てくれたんだ。うれしいよ、ヴィー」  フレデリック・グラハム軍曹が笑いかけると、 「たまたま用事で立ち寄ったんだ。明日にはまた、別の場所へ飛ぶ。出撃前に会えてよかったよかったよ、フレッド」  ヴィンセント・E・グラハム少佐も笑顔でかえした。  グラハム姓を持つ二人の男は、いとこの関係にあった。V・E・グラハム少佐は今年三十二歳、そしてF・グラハム軍曹は二十五歳。二人は家が近所ということもあって、子どもの頃から互いを知っていた。特にフレデリックにとって、七つ年上で陸軍のパイロット――それも戦闘機のだ――になったヴィンセントは自慢のいとこだった。  ここでもさっそく、フレデリックはいとこを自分が搭乗する機の仲間たちに紹介した。

ともだちにシェアしよう!