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第9章⑩

「それにしても、ものすごい数の爆撃機だな」 「壮観だろ」  フレデリックが得意げに言う。 「トラック諸島、硫黄島、それに東京。全部ここからB29を飛ばしている。最初に東京を爆撃した時は、爆撃飛行団(ウィング)の司令官自らが乗り込んで、百機以上が参加したんだ。もちろん、俺もこの『骸骨(スケルトン・)神父(ファーザー)』号で出撃した」  B29は通常、十一名の搭乗員が乗り込む。機首の中央部に二人の操縦士と爆撃手、その後ろに航空士とレーダー手、機関士、通信士、そして残る四名は機銃を操作する射手だ。  フレデリックは十二.七ミリ機銃を操る射手の一人であり、ほかの三名に指示を出す中央火器管制射手だった。 「東京を爆撃した時、日本の航空隊の反応はどうだった?」 「それが、お笑い種だったよ」  グラハムの質問をフレデリックは鼻先で笑い飛ばした。 「先に偵察機を飛ばした時から言われていたことだけど。ジャップの高射砲はまったくの役立たずだった。地上から発射された弾のほとんどが、飛んでいる俺たちの足元で爆発してた。それから戦闘機も、まるで酔っ払いが操縦しているみたいにフラフラしてたよ。こっちが二八,〇〇〇フィート(約八五〇〇メートル)以上を飛んでいれば、ほとんど問題にならない」  年少のいとこの発言に、グラハムは少し安堵した。フレデリックは、グラハムの叔父・叔母が四十近くになって生まれた末息子で、両親と姉妹から溺愛されて育った。近所に住んでいたグラハムにとっても、年の離れた弟のような存在である。軍人の身でこれは禁句だが――できることなら、あまり危険な任務についてほしくなかった。  だから、フレデリックが続けて言ったことが気がかりだった。 「ただね。初めての爆撃の時、一機だけ運悪くやられたのがあった。ジャップの戦闘機が体当たりをかましてきたんだ。やられたB29は、射手の腕が悪かったんだろうな。撃ち洩らして結局、墜とされた」  体当たりと聞いて、グラハムの頭にすぐフィリピン方面での戦闘のことがよぎった。  約一ヶ月ほど前のことだ。フィリピンのレイテ島付近に集まっていたアメリカ海軍の機動部隊が、「ジーク(零戦)」とみられる日本の戦闘機による体当たり攻撃を受けた。直撃を受けた護衛空母セント・ローは撃沈。同じく空母のキトカン・ベイとカリニン・ベイが大破した。  その五日後には、空母フランクリンと軽空母ベロー・ウッドが、やはりレイテ沖で日本軍の戦闘機の体当たり攻撃にさらされる。この時には、両艦合わせて百四十人以上の乗組員が犠牲になった。どちらも複数の戦闘機が明確な意図をもって突っ込んできたと、生存者たちが証言している。  思わぬ被害を被ったことで、アメリカ海軍および陸軍は、これらの「狂気の攻撃(クレイジー・アタック)」を警戒し、哨戒機の数を増やすようになった。  それでも、日本軍の攻撃を完全に防ぐのは無理な注文だった。  つい数日前には、レイテ湾で給油のために集まっていた海軍の艦船めがけて、今度は日本陸軍の「オスカー(一式戦)」と見られる戦闘機がやはり集団で突入してきた。この攻撃で軽巡洋艦セントルイスが大破、戦艦コロラドも被害を受け、百五十名ほどの死傷者を出している。 「正攻法で我々にかなわぬものだから、こんな破れかぶれの自殺攻撃をはじめたんだ。ジャップどももいよいよおしまいだ」  そう言って指揮下の兵を鼓舞する将官もいたが、効果のほどはいまいちだった。  この一ヶ月ほど、艦船の乗組員たちはとにかく自分の乗る船が「派手な自殺」の標的にならないよう祈る以外になかった。

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