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第9章⑬

 つらつらとそんな夢想にふけっている内に、時間が経つ。硫黄島近海を過ぎ、日本列島に徐々に近づいてくると、さすがに機内の空気も引きしまってきた。 「――これより高高度へ上昇を開始する」  日本まであと二時間という距離で、操縦士の大尉が搭乗員たちに告げると、ほどなく『骸骨神父(スケルトン・ファーザー)』号が目標高度に向かって上昇をはじめた。  頭上のドームから差し込む陽光が徐々に強くなる。群青色の空は、凪いだ海のように穏やかに見える。だが、実際には時速二百キロという強烈な偏西風が吹きすさんでいる。そのせいで、少しでも油断するとあっという間に流されてしまうと言われていた。  『骸骨神父』号を含め十機から成るB29たちは、風に流されによう慎重に編隊を保ったまま、目的地を目指す。進入コースはすでに決まっている。伊豆半島から、目印になる富士山上空へ飛び、そこで進路を東にとって爆撃進路に入る予定だ。射手のひとりが白雪を頂く霊峰を眼下に見下ろし、口笛を吹いた。 「ーーまもなく東京上空。雲なし、視界良好。当初の予定通り目標(ターゲット)三五七へ向かう」  インターフォンを通して操縦士の声が届く。  爆撃目標は第一、二回の任務と同じ三五七――アメリカ軍によってナンバリングされた場所は、東京都北多摩郡にある中島飛行機武蔵工場だった。 「現在、高度二八〇〇〇フィート(約八五〇〇メートル)。時速二五〇マイル(約四〇〇キロ)。目標三五七直上まで約一分」 「セレクター・スイッチ、トレイン。爆弾群セレクター・スイッチON」 「よし。爆撃倉の扉を開け。カウントダウン。十、九、八、七……」  コックピットでは、操縦士の指示を受けた爆撃手が爆弾倉の開閉レバーに手を当てた。 「六、五、四、三、二……」  「(ワン)」と操縦士が言いかけた、その時だった。  ガラスドームから上空を見張るフレデリックは、太陽の方角――南南西の空に浮かぶ影に気づいた。 「(ゼロ)。爆弾投下……」 「七時の方向に敵発見!!」  操縦士の命令に、フレデリックの警告が重なった。  搭載してきた十発の五百ポンド(約二二七キロ)爆弾が、バラバラと地上めがけて落ちていく。軽くなった反動で、『骸骨神父』号の機体が持ち上がる。周りでは、同じタイミングで爆弾を投下した仲間のB29が上昇してくる。  そこに四機編成の戦闘機小隊が、飛行機雲を描きながら覆いかぶさるように突っ込んできた。  機銃の回頭が完了するより先に、フレデリックが叫んだ。 「撃て(ファイア)撃て(ファイア)!!」

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