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第9章⑭
照準器にうつる敵影めがけて、射手たちは夢中で機銃のスイッチを押した。訓練通り、四度の連射をする。合わせてニ百発以上の弾丸が消費されたはずだ。
その内の一発――フレデリックが操る機銃から放たれた弾丸が、敵の一機を捉えた。それは黒煙を翼から上げたと思うと、きりもみ状態になって下へ落ちて行った。
だが、ほかの三機はまったく損傷を受けなかったらしい。まるでこちらを嘲笑うかのように、『骸骨神父 』号のそばをすり抜けて、そのまま背面位で急降下していった。まばたき一つする間の、刹那の出来事だった。
その直後、『骸骨神父』号の右前方を飛んでいたB29が、フレデリックの見ている前でバランスを崩した。胴体中央部から一瞬だが、確かに赤い炎が上がった。そのあと見る見る内に、白煙に包まれ出した。
もっと周囲を警戒すべきだった。それでも、フレデリックの目は炎と煙に釘づけとなった。ほかの射手たちの目も。
新たに、敵の戦闘機三機が近づいてくるーー彼らがそれに気づいた時、すでに相手は一マイル(一.六キロ)足らずの距離までせまっていた。
『骸骨神父』号に備わる十二丁の十二.七ミリ機銃がいっせいに火を吹いた。弾道を示す曳光弾が空中を飛び交う。あちこちで咲く死の花火を、敵機は縫うようにすり抜けて飛んでくる。その内の一機が、ほとんど擦 らんばかりの距離まで『骸骨神父』号に近づいてきた。
――ぶつかる!!
フレデリックの頭によぎったのは「体当たり」の文字だった。だが、全身銀色の機体は目測を見誤ったのか、それとも最初からそのつもりがなかったか、『骸骨神父』号の主翼前方をかすめて、降下していった。
敵の姿を間近で見て、フレデリックはようやくその正体を識別できた。皮肉と言うべきか、それは、いとこのグラハムの乗機P-51によく似たシルエットを持つ戦闘機――。
「トニー 」だった。
そして、敵が飛び去った後、フレデリックの目に飛び込んできたのは、右主翼から勢いよく黒煙が上がる光景だった。飛行服の下で、フレデリックの心臓が勢いよく跳ねあがった。
「右主翼被弾! 火災発生!!」
「第三・第四エンジンへの燃料供給を停止しろ!!」
インターフォンごしに、上ずった声が飛び交う。胴体にも、どこか穴をあけられたようだ。煙の焦げた臭いが鼻をつく。さらに室温と気圧が下がるのが肌で感じられた。
機内に、非常事態を告げるベルが鳴りだした。
「燃料供給停止――ダメです! エンジン付近の火災、消えません!!」
「消火装置を作動させろ!!」
操縦士が機関士に向かって叫ぶ。それから搭乗員全員に対して命令した。
「総員、酸素マスクを装着し、退去に備えよ!」
出火しながらも、『骸骨神父』号は飛行を続けていた。だがエンジン二基が停まったことで、徐々にだが高度を落としつつあった。
フレデリックは『骸骨神父』号が編隊から離脱し、降下しつつあるのを直に目にした。右前方では白煙を吐き続ける仲間のB29が、やはりこちらも高度を落としながら飛んでいるのが見える。
「現在高度二六五〇〇フィート……二六四〇〇……三〇〇……降下が止まりません!!」
「なんとか二五〇〇〇フィートを維持して、洋上へ脱出する!」
機体が傾き旋回をはじめる。後部の中央火器管制室では射手たちがなすすべもなく青ざめていた。小声でしきりにジャップをののしる者。普段、教会に行かないのに祈り出している者。フレデリックは血の気の引いた顔で空をにらんだ。翼から吐き出される煙のせいで、ドームが煤けて見通しが悪い。おまけに視界がやけにぼやけている――そう思ったフレデリックは自分の頬に涙がつたっていることに気づいて、それを乱暴にぬぐった。わいてきた怒りと恥ずかしさで、ようやく自分を取り戻す。
その時、黒煙の中で何かがギラっと光った。
「……ちっくしょう」
「トニー 」の小隊だ。四機いる。性悪のスズメバチのように、傷ついた二機のB29めがけて飛んでくる。
――ヴィー、頼む。俺に勇気をくれ!!
「四時方向に、敵四機! 撃て、撃て!!」
……飛燕 の操縦席で、金本はその光景を目にした。彼我の距離八〇〇メートルで、黒煙を上げるB29が狂ったように一斉に射撃をはじめた。
こちらの存在に気づかれた。だが敵は冷静さを失っている。八〇〇メートルも離れていては、いくら撃ったところで当たるのは一〇〇〇発に一発もあるまい。
「――回り込むぞ、ついてこい」
無線ごしに金本は自分の率いる小隊に指示を飛ばす。傷ついたB29は、どちらも速度が落ちている。金本は巧みに旋回し、白煙を上げる機体の右上方へ向かった。黒煙を上げる方からすれば、味方が邪魔でうかつに撃てない。そして煙が煙幕がわりになって、白煙を上げるB29は接近してくる金本たちに気づいていなかった。
「…林原 と東 は白い煙を上げる方を狙え。俺と松岡 は黒い煙の方だ」
「「「了解!」」」
「よし、突撃!!」
金本の命令が無線を通じて、空中をかけぬける。
四機の飛燕は無慈悲なサメに似た動きで煙の帳を突き破る。それから、今や気息奄々 たる巨鯨たちに容赦なく襲いかかった。
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