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第9章⑯

 こいつに話してやれ、と黒木にうながされ、中山が口を開いた。 「…十二.七ミリ機銃に装填する弾数を、現在の二百五十発から半分以下の百発に減らします。機銃四丁で計六百発弾を減らせば、これだけで二十二キロの減量になります」 「戦闘のために弾数を減らさにゃならんのは、なんとも情けない話だが。重い荷物をかかえてよろめくより、少しでも敵機に近づいて撃てる機会を増やした方がましだ」 「金本曹長どのの機体は、機銃の弾数をさらに五十発まで減らします。マウザー砲の弾数も五十発。機銃と弾丸を合わせると、計算上、改修する前より十五キロ重くなりますが、外せる装備を外して相殺するなら、八〇〇〇メートルでの戦闘はぎりぎり可能かと」  中山が金本を見上げる。なんだろうか。何かを必死で訴えようとする目つきをしている。  だが、中山はそれ以上何も言わず、口をつぐんだ。そこに、黒木がかぶせるように言う。 「基本的な方針はこうだ。爆撃目的で来るB29は編隊を組んで来るだろう。それを見つけたら、編隊の一角に狙いを定めて、集中的に攻撃する」  描いた図を鉛筆で指しながら黒木は説明した。 「まず今村の小隊が上から降下して攻撃をしかける。さらに間髪入れずに、俺の小隊が食らいつく。ここからはひとつの賭けだが……損傷したB29の内、一機でも高度を下げて来るやつがいたら、貴様の小隊が迎え撃て」  金本は黒木の作戦を理解する。奇襲と一撃離脱によって敵の混乱を誘うとともに、米軍機との交戦を可能な限り抑えようというのだ。 「…もし、B29に直掩(爆撃機を護衛する戦闘機のこと)がついている場合は?」 「なるべく避けろ。直掩機はできる限り相手にせずに、最大限B29に狙いをしぼれ」  金本はさらに考える。おそらく、この作戦は最初の奇襲がうまくいくかが鍵となる。成功させるには綿密な連携が必要だ。それは可能だろうか……。  金本は「できる」と思った。  こと空戦において、黒木は卓越した技量の持ち主である。だが同時に、はなどり隊の隊長として、編隊を組んで集団で攻撃をしかける有効性をよく理解していた。そのための訓練を、八月以来何度も繰り返していた。そのことを証明するように、 「千葉に言っておいた。誰が何と言おうが、無線機は絶対に下ろすな、とな。奇襲のタイミングを合わせるのに不可欠だからな」  そう言ってから、金本をちらりと見た。 「――このやり方、反対か?」 「いいえ」  金本は即答した。体当たり以外の方法で、B29相手に戦果を上げようというのなら――可能な限り、味方の被害を減らして、敵に出血を強いようというのなら。今、黒木が言った方法がもっとも現実的だろう。  少なくとも、これ以上の方法を金本は思いつかなかった。 「…二丁のマウザー砲は元々、工藤少尉の機のものですか」 「そうだ。やつは(はやぶさ)で出撃する。威力の高い銃器を余らせておく手はない。少ない弾数でも戦える貴様が一番、受け継ぐのに適任だという結論に達した」  ひとたび空中戦がはじまれば、高速で動き回る航空機を機銃でとらえるのは至難のわざだ。戦闘で撃墜される航空機の実に七割から八割が「不意打ち」――敵の接近に気づかず、奇襲を受けた結果だと言われている。  空中戦で敵機を墜とそうと思えば、次のことが必要だ。むやみやたらと弾を撃たない。撃つなら最大限距離をつめる。そして、コンマ数秒の機会をとらえて撃つーーどれも充分に経験を積んでいない搭乗員には不可能で、経験を積んでいても困難を極める技だ。  「はなどり隊」の中で、黒木を除いてそれを実行できるのは――金本以外にはいなかった。 「何としても、一機は墜とすぞ。体当たりなぞに頼らなくとも、墜とせることを証明してやるんだ」  その声には不退転の気迫がこもっていた。大きな瞳に執念が宿っている。金本は理解する。    この男はまだ諦めていない。  特攻攻撃を拡大せんとする上層部の方針に実績を示して(あがら)うつもりだ。 「――頼むぞ」  黒木の言葉に金本は短く返す。 「はい」  平凡な返事の中に、黒木へのあらゆる想いをこめて答えた。

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