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第9章⑲
白煙を吐きながらも、そのB29はまだ飛び続けていた。周囲では、五機の飛燕が距離を取って遠まきにしている。最初にこれを追っていた林原と東に加えて、「はなどり隊」の今村と竹内、九条が応援にかけつけたのだ。
だが……。
「――どうして墜ちない!?」
何度も近づいて命中弾を与えたはずなのに、B29はびくともしない。その頑強さに、今村は絶望的な顔で歯がみした。すでに積んできた十二.七ミリ弾は、全て撃ちつくした。できることと言えば、みすみす敵が去って行くのを見送るくらいしかない――。
その時、すぐ近くを飛ぶ一機の飛燕が急に上昇をはじめた。
「何をするつもりだ、東 ?」
今村は無線で呼びかけた。雑音交じりの返答が、東からかえってきた。
「……上から回り込んで、体当たりします」
「――!? バカ、やめろ!」
「でも、このままじゃ逃げられてしまいます!! そうなるくらいなら――」
「だめだ!! 体当たり攻撃は認めない。これは命令だ!」
今村は叫ぶ。腹のあたりがずしりと重く、今にも吐きそうなほど気分が悪い。
B29に最初に奇襲をかけた時の光景が、目の前にちらついて離れなかった。
……味方の飛燕が、B29の機銃から発せられた弾に貫かれ、きりもみ状態で落ちていく。降下していた今村はその行方を目で追ったが、途中で落下傘が開くことはついに確認できなかった。機体の塗装から、誰が撃墜されたかすでに分かっていた……。
「――今村少尉どのは、臆病者です!!」
東が激昂した声で責めたてる。失礼極まりない発言だが、今村は怒りもわいてこなかった。
その通りであることは、自分が一番よく知っていた。
今村は元々、大学の工学部で建築を学ぶ学生だった。志願して特別操縦士官となったのは、国を守ろうとかそういう崇高な信念を持っていたからではない。一兵卒として徴兵されて、下士官たちによる悪名高い「インテリいじめ」に遭いたくないというのが、一番の理由だった。最初から戦う覚悟を持って、この世界に飛び込んできた少年飛行学校出の金本や東たちとは、覚悟のほどが違う。
人が死んでいくところを目の当たりにしたり、自分が紙一重で殺されそうになったりする経験に平然と耐えられるほど、強い心は持ち合わせていなかった。飛燕が墜落していくあの光景は生きている限り、二度と忘れられそうにない。
そして、同じ繰り返しをもう見たくなかった。
その時、今村の飛燕の無線が、またガガッと雑音を上げた。
「……況を………本…――」
左後方に新たな機影二つが増えていることに、今村はようやく気づいた。
「―――こちら、金本。誰か、状況を報告してくれ」
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