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第9章㉒
調布飛行場は、かろうじて被害を免れていた。
黒木の飛燕に続いて、金本は滑走路へ無事に愛機を滑り込ませることができた。すでに駐機場 には、「はなどり隊」の他の面々の飛燕が戻ってきている。どうやら自分と黒木が最後の帰投だったようだ。
すぐに機付整備員の中山たちが駆けつけ、金本の機を誘導する。帰って来た、という気のゆるみが出たのだろう。エンジンを切るころには、左足の怪我の痛みは耐えがたいくらいになっていた。
操縦席から地面へはかろうじて下りれたが、そこで金本は動けなくなった。倒れないために、飛燕の翼をつかんで寄りかからなければならなかった。
金本の異変に最初に気づいたのは中山だった。左足に巻かれたマフラーを、それから飛行服にあいた穴と黒っぽい染みを目にし、中山は血相を変えた。
「曹長どの、足が……!!」
「大丈夫だ。そんなにひどい怪我じゃない」
金本は言ったが、半長靴の底にはすでに水音が立つくらいの血がたまっている。そこに、黒木がやって来た。顔を青くした金本を一目見て、はなどり隊の隊長は即座に状況を理解した。
「ぐずぐずしてないで、誰か担架持ってこい!! 急げ!!」
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金本の負った傷は、幸い即座に命にかかわるようなものではなかった。
かといって、軽傷というわけでもない。飛燕の装甲を貫いたB29の十二.七ミリ機銃の弾は、勢いを減殺しながら操縦者のふくらはぎの肉をえぐり、三センチほど進んだところで止まっていた。摘出するには飛行場の外にある軍の病院で手術を受ける必要があった。
「取り出したら、今日中に帰れますか?」
金本の質問に、担当の軍医はこの上なくしぶい顔になった。
「何をバカなことを。少なくとも一週間は入院して経過観察する必要がある。敗血症でも引き起こしたら、それこそ大変なことになる」
「俺は『飛燕』の搭乗員なんです」
金本はあきらめずに食い下がった。
「次にまたB29が来れば、飛ばなければいけないんだ」
十分ほどしつこく説き伏せると、最後には医者の方が根負けしてさじを投げた。
「……調布飛行場の方に、経過を見てもらえるよう頼んでみよう。だが、四、五日は絶対にここにいてもらう」
金本はまだ不満だったが、それでもしぶしぶ軍医の方針を受け入れた。
手術自体は、ごく短い時間で済んだ。麻酔、摘出、縫合。新しい包帯を足に巻かれたあと、入院着姿の金本は病室に移動させられた。二人部屋だったが、片方のベッドは空いたままで、夜になっても誰も来る気配はなかった。
ひとりきりの空間で、金本は焦燥をくすぶらせた。
今日の空襲でどれほどの被害が出たのか。B29は、次にいつ帝都に来襲するのか。はなどり隊の搭乗員たちは、自分以外に怪我をしなかったのか。
特攻機で出撃した工藤はどうなったのか――上層部の思惑に反し、『隼 』でB29に対する体当たりを実行するのは困難をきわめていた。成功者が出ず、いずれの時も搭乗員たちは肩を落として、飛行場に戻って来るほかなかった。非難の声が遠くで――主に航空本部の方から――聞こえてきたが、金本は工藤が生きて帰還する姿を見て、よかったと思うだけだ。今回も無事ならよいのだが……。
焦るばかりで、考えは散らかったまま、ちっともまとまらない。その内、鎮痛剤が効いて疲れもでたのだろう。
消灯時間が来るより先に、金本は眠りに落ちていた。
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