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第9章㉕

ーーーインドネシア。モルッカ諸島、モロタイ島。  紺碧の海に囲まれた南国の島は、かつては数千人程度の人間が暮らす穏やかな場所だった。今は違う。日本軍との戦いの末、アメリカ陸軍によって占領された後、島はほかの南洋諸島の例にもれず、対日戦争の後方基地として急速に整備が進められていった。  一九四四年十二月。モロタイ島は、すでに大型爆撃機が発着可能な二本の滑走路が完成している。島内にはアメリカ本土、オーストラリア、ニューギニア各方面から、アメリカ軍兵士が続々と派遣されてきており、その数は日に日に増える一方である。彼らはマッカーサー将軍が指揮するフィリピン奪還作戦に向けて、各所で忙しく動き回っていた。  アメリカ第五航空軍に所属するエイモス・ウィンズロウ大尉がモロタイ島に降り立ったのは、クリスマスまであと数日という日のことだった。彼が所属する夜間戦闘飛行隊は、ひと足先に到着を済ましている。滑走路の駐機場(エプロン)には、黒く塗装された夜間爆撃戦闘機に加え、他部隊のP-51「マスタング」がその雄姿を並べていた。  周囲の人間が不思議に思うことだが、ウィンズロウはとりわけ耳が早い。着陸してからほどなく、彼の旧知のパイロットが島内にいる情報を得ると、さっそく彼に探しに行った。  南国の太陽が容赦なく照りつけ、ウィンズロウの麦わら色の髪を熱する。かろうじて熱射病になる前に、完成したばかりの将校用食堂の外で目的の人物を見つけることができた。 「ハアイ、グラハム少佐。久しぶりね」 「……ああ。ウィンズロウ大尉か」  グラハムのにぶい反応に、ウィンズロウは眉をはねあげた。ヴィンセント・E・グラハム少佐は、同性愛者のウィンズロウを、毛嫌いせず歓迎してくれる数少ない人物である。それなのに今日は妙によそよそしい。顔つきにも覇気がなく、声もかすれて乾いていた。  ウィンズロウが口をとがらせてそれを指摘すると、グラハムは目をそらして肩を落とした。 「すまない。君のせいではないんだ。昨日、つらい報せを受け取ったばかりで……」 「何があったの?」  声をひそめるウィンズロウに、グラハムは答えた。 「B29に乗っていた従兄弟が戦死したんだ。東京を爆撃する任務についた時に、日本の戦闘機に撃墜されたそうだ」 「…ごめんなさい。そんなことになっているなんて、ちっとも知らなかったから」 「あやまらなくていい」 「いくつだったの? その、亡くなった従兄弟さんは」 「君と変わらない。まだ二十五歳だった……ここは暑いだろう。場所を変えよう」

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