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第10章⑭

 クリアウォーターとフェルミを先導し、ウィンズロウは格納庫の中へ進む。内部の広さと比べても、中にある航空機の数は多くない。機種も八割方が輸送機か小型機である。  その中に一機だけ、明らかにほかと雰囲気の異なる機体があった。その機の前で、ウィンズロウは足を止めた。 「うわぁ…」  見上げるフェルミが歓声を上げる。  それは全身が黒く塗られた双胴の双発機だった。全長は十五メートルほどもあろうか。機首のあたりに、フェルミとクリアウォーターがよく知るコミック「ブラック・トルネード」のキャラクターが描かれている。  漆黒のウェディングドレスをまとい、両手に機関銃をかまえた首のない花嫁。 「戦争中のワタシの愛機。夜間爆撃戦闘機P-61、通称「ブラックウィドウ」。その、『首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号よ」  ウィンズロウが誇らしげな表情で言った。 「調布に来るときも、沖縄の飛行場から飛ばしてきたわ。それからかれこれ一年以上、ここで過ごしてるけど」 「もう飛ぶことはないのかい?」  クリアウォーターの言葉に、ウィンズロウがにっと笑う。 「いいえ。それじゃ、この淑女(レディ)があんまりに気の毒だから。先日、上にかけあって、飛行許可をもらったばかりよ。今は、整備員が手の空いている時に整備してもらってる最中。多分、八月中旬くらいには動かせるんじゃないかしら」  大尉は意味ありげにクリアウォーターを見つめる。 「なんなら、飛ぶ時に招待してあげましょうか。席がひとつ、空いてる予定だから」 「遠慮しておくよ」  クリアウォーターは即答した。 「あいにく、飛行機は苦手なんだ」 「…でしょうね。あなたのお姉さんのスーから聞いたわ。昔、吐いたって」 「おや。知っていたか」 「吐くなら、遠慮してもらいたいわね。この前も、あなたの部下のおチビさんを偵察機に乗せたあと、掃除が大変だったんだから」  クリアウォーターは苦笑した。  その時の体験談――初めて乗った飛行機でひどい目に遭ったことは、カトウ本人から聞いている(※「Sの襲来」参照)。  ウィンズロウのことだ。たとえ平和時でも、水平飛行で満足するとは思えなかった。 「席が空いていると言ったが。この飛行機は、何人乗りなんだい?」 「基本は三人よ。パイロットとレーダー手、それに機銃を撃つ射手ね。パイロットはワタシで、レーダー手は……っと。(うわさ)をすれば、なんとやらね」  ウィンズロウは長い手足を垂直方向に伸ばし、腕を振った。 「ローラン!」  クリアウォーターが振り返る。二十メートルほど先の通路で、一人の青年が足を止めるのが見えた。クリアウォーターやウィンズロウより、少し年下か。こちらを見る顔に、明らかに「面倒なやつに見つかった」と書いてある。  それでもひとつ肩をすくめて、クリアウォーターたちの方へやって来た。 「ローラン・アラルド中尉です」  クリアウォーターに敬礼し、青年はそう名乗った。隣に立つウィンズロウが、笑いながら言う。 「ローランは、ワタシと組んで『首なし花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号を飛ばしてたレーダー手なの」  ウィンズロウが肩を抱こうとすると、アラルド中尉はさっと身をかわした。 「……不本意ながら。何度、異動願いを出しても、受理されなかったので」 「えー。ひどい言い草ね。ワタシたち、いいコンビだったじゃない」  アラルドが嫌そうな顔になる。しかし、ウィンズロウは気にも留めない。 「ワタシのところに来る前、ローランは二、三人のパイロットと組んだんだけど、どいつもロクなやつじゃなかったのよね。腕も、運も、性格もよくない連中ばっかりに当たっちゃって」 「…性格についてなら、あんたも五十歩百歩だよ」  アラルドは、ぼそっとつぶやいた。 「組んでよかった唯一のことっていったら、俺が五体満足で生き残ったくらいだろうが。あんたと同類とみなされたせいで、何度嫌がらせを受けたと思っている! 付き合ってた女にも振られたし…」 「それは、自分自身に魅力が足りなかったからでしょ。他人(ひと)のせいにするのはよくないわ」 「やかましいわ!」  大尉と中尉の間で、コントまがいの舌戦が繰り広げられる。このまま放っておくと、朝まで続きそうだ。クリアウォーターは適当なところで口をはさんだ。 「エイモス。もしよかったらこれからする話に、アラルド中尉にも同席してもらえるかい? もちろん、中尉がかまわなければの話だが……」

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