184 / 370

第10章⑮

 五分後、クリアウォーターとウィンズロウ大尉、それにアラルド中尉の三人は、ウィンズロウが見つくろった簡易テーブルを囲んで腰を下ろしていた。フェルミは「もうちょっと、飛行機見てる」と言って、P―61の前に残っていた。  テーブルの上に、クリアウォーターは持参した赤ワインのボトル二本とクラッカー、チーズ、それに二、三の缶詰がグラスとフォークと一緒に並べる。ワインのラベルを見たアラルドは、短く口笛を吹いた。 「こんな場所で飲むには、ちょっと惜しいやつですね。いいんですか、開けてしまって」 「かまわないよ。家に置いていても、中々、一緒に飲む相手がないから」  クリアウォーターは黒髪の恋人のことを思い浮かべる。カトウは完全な下戸だ。今ごろ、オレンジジュースかコーラで、ニイガタたちと談笑しているだろう。  ワインを注いだグラスを前に、三人は現在の仕事や最近の出来事について、とりとめのない話を交わす。クリアウォーターはあせらない。リラックスした雰囲気をつくり出して、相手の方から口を開くのを待った。  一杯目のグラスが空になる頃、その機会が来た。 「――それにしても、早いものよね。終戦からもう二年なんて」  ウィンズロウが手にしたクラッカーをもてあそびながら、つぶやいた。 「最近、飛ばすのはもっぱら、小型機や輸送機ばっかり。操縦の腕も、あの頃に比べてすっかり鈍っちゃった。時々、それがもどかしくて、やりきれなくなる時があるわ」 「俺は、現状に満足しているぞ」  アラルドが口をとがらせる。 「平和で、けっこうじゃないか。あの地獄を懐かしむなんて、どうかしている」 「ワタシだって、別にあの頃がよかったなんて言うつもりはないわ。戦争が終わったのは心底、いいことだと思ってる。矛盾してるでしょうけど……」  二杯目のワインを舌でころがし、ウィンズロウはクリアウォーターの方へ向き直った。 「――今、ローランが言ったことは、大げさでもなんでもないわ。あの戦争、特に沖縄で戦った三ヶ月は、ワタシたちにとって毎日が死と隣り合わせの日々だった。死にかけた回数を数えようと思ったら、たぶん三、四人の人間の指が必要よ」 「君たちは、いつ沖縄に?」 「四月よ。連合軍の上陸作戦が始まって、ほんの数日後だったわ。ワタシの操縦する『首無し花嫁(ヘッドレス・ブライド)』号に特別任務が下ったのは――」  ウィンズロウたちに与えられたのは、日本の航空戦力の規模を把握するための偵察飛行任務だった。奄美大島、九州方面、さらに台湾と、連合軍がまだ制空権を握っていなかった地域を飛んだという。 「その合間には、RPS(アール・ピー・エス)CAP(キャップ)にも就いたわ」  専門用語では部外者に伝わらないと思ったのだろう。アラルドがクリアウォーターのために補足した。 「RPSはレーダー・ピケット・ステーション。CAPは戦闘空中哨戒(コンバット・エアー・パトロール)のことです。レーダー・ピケット・ステーションというのは…」 「レーダー網を構築するために必要な、いわば中継点だろう。沖縄上陸後、我が軍は周辺海域にレーダー網を敷くために、駆逐艦や揚陸支援艇にレーダーの機材と人員を備え付けたんだっけ」 「…ご存じでしたか」 「この(ひと)、けっこう勉強してきているわよ」  ウィンズロウがくすくすと笑う。クリアウォーターは真面目な顔で答えた。 「私が知っていることは、報告書から得た知識に過ぎないよ――ただ、レーダー・ピケット・ステーションの任務に就いていた艦船の配置を考えれば、彼らが九州方面や台湾から飛んでくる日本軍の航空機に、まっさきに遭遇する危険な立場にあったことは容易に分かる」 「ええ、その通りよ」  ウィンズロウはうなずいた。 「『カミカゼ』のパイロットにとって、そういう孤立した艦船は恰好の標的だったと思う。揚陸支援艇みたいな小型船は速度が出ないから、上空を航空機が守ってやらないと、『カミカゼ』の体当たり攻撃から逃げ切れないことが多かったの。駆逐艦は元々スピード重視で設計されているから、まだましだったけど…それでも巡洋艦や空母に比べて装甲が薄い分、航空機に突入されたら、もう戦闘を継続することはできなかった」  だからこそ、何としても『カミカゼ』の航空機が艦船に接近する手前で迎撃し、撃ち落とすことが肝要だった――そうウィンズロウは語った。

ともだちにシェアしよう!