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第10章⑯

「おまけにレーダー・ピケット・ステーションになっていた艦船の近くを飛ぶと、こっちが危ない目に遭うことも少なくなかった」  アラルドが言った。 「艦船に乗っている射手の中には、練度の十分でない連中もいて。味方機と敵機の区別ができずに、こちらに機銃を誤射するやつらが後を絶たなかったんです」 「あれは、恐怖心が大きな原因よね。まあ、自分の船めがけて航空機が突っ込んで来るのは、逃げ場がない分、よけいに恐いんでしょう。中には、恐怖に耐えきれずに、持ち場の銃座から海に飛び込んじゃう子もいたって話だし――」  ウィンズロウとアラルドによれば、日本軍機の迎撃は基本的に次のような手順で行われたという。CAP(戦闘空中哨戒)につく戦闘機編隊は、レーダー・ピケット・ステーションとなっている艦船から二十海里(約三十七キロメートル)離れた地点で哨戒に当たる。仮に日本軍の航空機が接近してくれば、レーダーに引っかかって探知される。するとすぐに、艦船から戦闘機に無線が飛び、敵機の襲来を知らせるというわけだ。 「――とはいえ、こちらのレーダーをくぐりぬけて接近されることは、でしたよ」  アラルドは三杯目となるワインをグラスに注ぐ。酒好きなのだろうが、すでに顔がかなり赤みを帯びているところを見ると、あまり強くはないようだ。 「駆逐艦に積まれている対空レーダーは、低空を飛んでくるものを探知できない。それを知っていたんでしょうね。日本海軍のゼロ(零戦)なんかは、海面すれすれの低高度を飛んでくることがしばしばだった。何より、襲来する航空機の数がケタ違いに多くて、とてもじゃないが、すべてを探知することは不可能だったんです」  言い終わる頃には、早くもグラスが空になっている。  四杯目をすすめるべきかどうか、クリアウォーターが迷っていると、 「お酒、そのへんにしといた方がいいんじゃない? ローラン」  ウィンズロウが上気した顔で言う。 「そのまま飲み続けたら、また寝落ちしちゃうわよ」 「別にいいだろう。明日、俺は非番だ」 「あら、そう? なら、寝ちゃったら連れて帰ってあげるわ――ベッドの上まで」  その一言に、アラルドがぎょっとなる。一瞬で酔いがさめたようだ。  濃い褐色の目で、航空軍の中尉はウィンズロウを思いきりにらんだ。 「…俺に絶対に触るなよ。このクソオカマ」 「あら、可愛くない台詞。ていうか、今さら? けっこう色々しちゃった仲で……」 「全部、こちらの同意抜きだろうが!!」 「あー、聞こえない、聞こえない。やっぱ寝てくれた方がいいかも。あなた、起きてる時より寝顔の方が魅力的だし…」  アラルドが空になったワインボトルをウィンズロウの麦わら色の頭めがけて振り上げるのを、クリアウォーターが寸前で押しとどめた。それで、流血沙汰はかろうじて回避された。  クリアウォーターはあきれた目を、昔の恋人に向けた。 「エイモス。さすがに、少し自重すべきだ」 「なあに、お説教? だったら、聞きたくないわ」  ウィンズロウがわざとらしく耳をふさぐ。その子どもっぽい動作は、むしろアラルドの方に強く作用した。冷静さを回復した中尉は再び椅子に腰を下ろし、申し訳なさそうにクリアウォーターに言った。 「…こういう男なんです。とにかく、周りをいらつかせるやつで。俺も何度、絞め殺してやろうと思ったことか」 「実行しなかった君の忍耐力に、敬意を表すよ」  

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