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第10章⑰
アラルドとクリアウォーターのやり取りに、ウィンズロウは鼻を鳴らした。
「ふん。『やらずに後悔するより、やって後悔する方がまし』って言うでしょ。ワタシはその信奉者なの」
「…そもそもお前が後悔や反省しているところを、俺は見た覚えがないが」
アラルドが冷ややかに指摘する。ウィンズロウは当然のように、それをスルーした。
「幸運の女神が何かを差し出してくれるのは、どんなことでもたいてい一度きりよ。それを逃せば、機会は二度とめぐってこない。恋にせよ、戦いにせよ、いつだってチャンスは一度きりなんだから――」
まだワインが残るグラスを、大尉は長い指でピンとはじいた。
酔いのせいか、それとも光の加減か。その時、クリアウォーターの目に暗赤色の液体は鮮血のように見えた。
「……人があっけなく死ぬってことを、ワタシは嫌というくらい知ってる」
ウィンズロウはクリアウォーターに向かって言った。
「赤毛さん。あなたがここに来るきっかけになったあの報告書も、もとはといえば人の死が関わっていたのよ。発案者だったヴィー――グラハム少佐のいとこが、大型爆撃機B29の搭乗員だったんだけど、彼が乗っていた機体が日本の上空で撃墜されたの。墜ちた時の詳細は今も分からずじまい。けれど、体当たり攻撃を受けたんじゃないかって話もあった」
「………」
「そして、航空軍の中でも五指に入る名パイロットだったヴィンセント・E・グラハム少佐自身、沖縄が最後の戦場になった」
日頃、陽気なウィンズロウの顔に、笑みはない。奇を衒 った言動の下に隠されていた鬱屈を、クリアウォーターは見出した気がした。
ウィンズロウはグラスをかかげると、残っていたワインを一息に飲み干した。
「――沖縄の制圧がほぼ完了したあと、ワタシには時間ができた。その時にグラハム少佐の仕事を引き継いで、報告書を完成させた。そのこともあって、ワタシは自分が経験した以外の戦いについても、考える機会ができたわ。特に……日本の『カミカゼ』についてね」
空のグラスを置き、ウィンズロウは続ける。
「あの報告書には書かなかったことを教えてあげる。意外かもしれないけれど、沖縄戦で連合軍が戦った『カミカゼ』のパイロットたちの多くは、決して高い操縦技術を持っていたわけじゃない。中には、航空機を飛ばすだけで精一杯な人間も少なくなかった。ごく少数の例外をのぞいて、パイロットたちは練度が低くて、おそらく訓練のための飛行時間さえ、十分に取れなかった新兵が大半を占めていた――ワタシはそう考えている」
「……質の低いパイロットを、あえて戦場に送り込んだというのか」
「ええ。RPS任務に就いていたアメリカ海軍の艦船が『カミカゼ』で被った損害は、確かに小さくはなかった。でも、全体からすれば致命的なものではなかった。それより、日本側の損失の方が深刻だったはずよ。沖縄の戦いで、最終的にどれほどの航空機とパイロットの生命が失われたかは分からないけれども、最低でも千を超えるのは間違いない」
「………」
「あなたも耳にしたことはあるでしょうけど、航空機のパイロットの育成には、多大な費用と時間が費やされる。時間はともかく費用に関しては、一般兵とはケタが違うわ。それにも関わらず、日本軍は大勢のパイロットたちを犠牲にする戦法を取った。はっきり言って、愚策よ。どうしてそんなことをし続けたのか、いまだによく理解できないわ…」
ウィンズロウは憮然とした顔でつぶやく。
一方、クリアウォーターはある程度、その理由を推測できた。
赤毛の少佐は沖縄の戦いに直接、参加はしていない。しかし、連合国翻訳通訳部 の情報将校として、沖縄戦に関わった日本側の将兵たちから得た、様々な証言を知っている。
練度の低いパイロットたちを動員し、体当たり攻撃を繰り返し敢行した理由は――。
「――時間かせぎ。それから、少しでも連合国軍を消耗させるためだったと思う」
クリアウォーターは言った。
「当初、日本側は沖縄での戦いを、連合国軍と雌雄を決する決戦と位置づけていた。ところが、時間の経過とともに勝つ見込みが限りなく低いことが明らかになるにつれて、その戦略上の意義は次第に変質していった。最終的に、日本本土での決戦が想定され、それに向けて少しでも準備を整えるためにーー沖縄は『捨て石』にされたんだ」
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